和漢三才圖會卷第五十二 蟲部 露蜂房
露蜂房 【※與窠同】 百穿
紫金沙
ロウ フヲン ハン
[やぶちゃん字注:「※」=「果」*「力」。]
本綱露蜂房味甘鹹有毒有四件
黃蜂窠 乃山中大黃蜂窠也其房有重重如樓臺者其
大者圍一二丈在樹上内窠小隔六百二十六箇大者
至千二百四十個其褁粘木蒂是七姑木汁其蓋是牛
糞沫其隔是葉蕊也
石蜂窠 在人家屋上大小如拳色蒼黒内有青色蜂二
十一箇或只十四箇其蓋是石垢其粘處是七姑木汁
其隔是竹蛀也【或云其隔葉蕋也】
獨蜂窠 大小如鵞卵大皮厚蒼黃色是小蜂幷蜂翅盛
裏只有一箇蜂大如小石燕子許人馬被螫着立亡也
俗名七里蜂者是矣
草蜂窠 尋常所見蜂也入藥以草蜂窠爲勝
主治蟲牙痛喉痺及舌上出血吐血衂血或二便不通者
*
はちのす 蜂腸〔(ほうちやう)〕 蜂※〔(ほうくわ)〕
露蜂房 【※は窠〔(くわ)〕と同じ。】 百穿〔(ひやくせん)〕
紫金沙
ロウ フヲン ハン
[やぶちゃん字注:「※」=「果」*「力」。]
「本綱」露蜂房、味、甘く鹹。毒、有り。四件、有り。
黃蜂窠 乃ち、山中の大黃蜂の窠なり。其の房、重重として樓臺のごとくなる者、有り。其の大なる者、圍〔(めぐり)〕一、二丈。樹の上に在り。内の窠、小にして、六百二十六箇を隔(へだ)つ。大なる者は千二百四十個に至る。其の褁〔(ふくろ)〕、木に粘〔(ねん)〕ず。蒂(へた)は是れ、七姑木〔(しちこぼく)〕の汁、其の蓋(ふた)は是れ、牛糞の沫〔(あわ)〕、其の隔ては是れ、葉の蕊〔(ずゐ)〕なり。
石蜂窠 人家屋上に在り。大小、拳(こぶし)のごとく、色、蒼黒なり。内に青色〔の〕蜂、二十一箇有り。或いは只だ、十四箇。其の蓋(ふた)は是れ、石垢、其の粘ずる處は是れ、七姑木の汁、其の隔ては是れ、竹の蛀(むしくだ)なり。【或いは云ふ、其の隔ては葉蕋なり〔と〕。】
獨蜂窠 大小〔(あり)〕。鵞卵〔(ぐわらん)〕の大いさのごとく、皮、厚く、蒼黃色なり。是れ、小蜂幷びに蜂〔の〕翅〔(はね)を〕裏〔(うら)〕に盛る。只だ、一箇蜂、有り。大いさ、小〔さき〕石燕子〔(せきえんし)〕の許〔(ばか)〕りのごとく〔して〕、人馬、螫着(さゝ)れて、立ちどころに亡〔(し)〕すなり。俗に七里蜂と名づくる者は是れなり。
草蜂窠 尋常に見る所の蜂〔の窠〕なり。藥に入るるには、草蜂窠を以て勝れりと爲す。
主に、蟲牙(むしば)痛み・喉痺〔(こうひ)〕、及び、舌の上より血を出し〔て〕吐血・衂血(はなぢ)〔(せるもの)〕、或いは二便〔の〕通〔ぜざる〕者を治すると云ふ。
[やぶちゃん注:蜂の巣である。私は小学校五年生の時、母が受付をやっていた、清泉女学院(向かいの玉繩城址に建つ)高等部の生物の先生が蜜蜂の飼育箱を開けて見せて呉れ、「巣を取って食べてごらん」と言われ、手ずから採って巣ごと食べた。あの時の至福の甘さを忘れることが出来ない。なお、蜜を蓄える蜂類は膜翅(ハチ)目細腰(ハチ)亜目ミツバチ上科ミツバチ科ミツバチ亜科ミツバチ族ミツバチ属 Apis だけではない。 ハナバチ (Anthophila/Bee)類(以下。ここはウィキの「ハナバチ」に拠ったが、その後の部分はネット上の複数の記載を参照した)は蜜を貯留する。
ヒメハナバチ科 Andrenidae
ミツバチ科 Apidae
ムカシハナバチ科 Colletidae
Dasypodaidae 科
コハナバチ科 Halictidae
ハキリバチ科 Megachilidae
Meganomiidae科
ケアシハナバチ科 Melittidae
Stenotritidae科
但し、養蜂に用いられるミツバチ科ミツバチ族ミツバチ属 Apisや(狭義のミツバチ属の種群はウィキの「ミツバチ」に詳しいのでそちらを参照されたい。その記載によれば、現生種は世界で九種、その中で最も養蜂用に用いられている知られたセイヨウミツバチ Apis mellifera は二十四亜種あるとある)、南米で養蜂用に用いられているミツバチ科ハリナシバチ亜科ハリナシミツバチ亜科ハリナシミツバチ族Meliponini
以外では、人が恒常的に食用に供し得るほどに採取することは出来ないらしい。例えば、よく蜜を採るのを見かけるミツバチ科クマバチ亜科クマバチ族クマバチ属 Xylocopa は確かに「ハナバチ」の類で集蜜するが、彼らは単独生活をしており、蜂蜜としてして集めるのは不可能に近いのである。
・「圍〔(めぐり)〕一、二丈」周囲約三~六メートル十センチ弱。
・「六百二十六箇」ネット上の「本草綱目」の電子データの中には「六百二十六」とするものと、「六百二十」とする二種が存在するが、後者の二倍が丁度が「千二百四十個」であることを考えると、「六」は衍字か誤字のように私には思われる。
・「蒂(へた)は是れ、七姑木〔(しちこぼく)〕の汁、其の蓋(ふた)は是れ、牛糞の沫、其の隔ては是れ、葉の蕊〔(ずゐ)〕なり」これとか以下の同様の箇所は、巣の各部分の素材が本来は何であるかを示したものである。それらを巣を作る蜂(働き蜂)が自身の唾液と各素材を混ぜ合わせて構築するというのである(これが真実だとするなら、観察者はファーブル並みの根気強さを持っていたことになるが……)。「七姑木〔(しちこぼく)〕」は不詳。読みも単に単漢字の音を私が当てただけである。ネット検索をかけても、この「本草綱目」の記載に基づくものしか見当たらないようである。東洋文庫版現代語訳も『(不明)』と割注するばかりである。
・「鵞卵」鵞鳥の卵。現代医学で腫瘍(良性・悪性とも)の大きさを示すのに最大のそれの場合を「鵞卵大(がらんだい)」と称し、約十二センチメートルである。
・「石垢」川床の石などに付着した珪藻植物門珪藻綱のケイソウ類。細胞膜に特殊な構造のケイ酸質の殻を生じ,褐色の色素を有する単細胞の微小な藻類。淡水・鹹水(かんすい)・土壌中に広く分布し、種ははなはだ多い。殻の形が筆箱状のもの、円盤乃至は円筒形のもの二種類に大別される。単独又は群体で浮遊するプランクトン性のものと、集合着生するものとがあり、前者は魚の餌などとしても用いられる。
・「竹の蛀(むしくだ)」「蛀」は現代中国語で「木食い虫」と出るので、竹を食害するキクイムシ類を指すようである(一般に鞘翅(コウチュウ)目多食(カブトムシ)亜目 Cucujiformia 下目ゾウムシ上科キクイムシ科 Scolytidae のキクイムシ類は成虫・幼虫ともに食害する)。本邦ではナガシンクイムシ科ヒラタキクイムシ属ヒラタキクイムシ Lyctus brunneus などが代表種のようである。
・「小蜂幷びに蜂〔の〕翅〔(はね)を〕裏〔(うら)〕に盛る」これは事実とすると、乏しい私の知識の中でも、ややおかしい感じがする。小さな蜂や蜂の翅(はね)を以って蜜の貯留巣の裏張り(或いはこの「裏」は内の謂いかも知れない。その場合は内壁ということになる)をするとなると、その蜂は肉食性(雑食性を含む)である可能性が強いことになるからである。しかし、肉食性の蜂は蜜を摂餌はするものの、蜜を貯留することはしない。こんな蜂蜜巣を形成する単独生活をする蜂を御存じの方は、是非、御教授下されたい。
・「石燕子」東洋文庫版現代語訳では『つちつばめ』とルビするのであるが、種が分からん。「土」と「石」なら「岩」が連想される。スズメ目スズメ亜目ツバメ科ツバメ亜科 Delichon属イワツバメ(ニシイワツバメ:独立種説)elichon urbica のことだろうか? イワツバメの成鳥は全長十三~十五センチメートルでそれより小さいということで、六~七センチメートルととってよいか? とするとこれはもう(羽も含めりゃ、これくらいの大きさには感じる)、まさにオオスズメバチの類だわな。
・「七里蜂」不詳。
・「蜂〔の窠〕なり」意味が通らないので、無理矢理、補填した。
・「喉痺〔(こうひ)〕」口腔及び咽頭の炎症を起こして閉塞する病気。急性扁桃腺炎など。
・「舌の上より血を出し〔て〕吐血・衂血(はなぢ)〔(せるもの)〕」「衂血(はなぢ)」の「衂」(音「ニク」「ヂク(ジク)」)は単漢字で「鼻血」を意味する。但し、この部分、良安は「本草綱目」の「露蜂房」にある多量の「附方」の一部分を、よく意味もよく考えずに滅茶苦茶に継ぎ接ぎしたとしか思えない箇所であって、これは明らかに「舌上出血竅如針孔」(舌の上に出血があり、舌に針の孔ほどの小さな穴が開いている症状の謂いか)と、その次に出る「吐血・衄血」の症状名を繫いで無理矢理に訓じてしまったものである。今回、試みに「本草綱目」と対照して見て、そのひどさにただただ呆れかえっている次第である。]