ダダはぽかんとして居ないです 原民喜
[やぶちゃん注:以下の詩篇は一九七八年青土社刊の「定本 原民喜全集 Ⅱ」の「拾遺集」に載る詩歌(と思しい)群である。これは同底本の編者によれば、『大正一三年から昭和三年、著者一九歳から二三歳に至る五年間に、参画した各種同人誌等に発表され、当巻にて初めて公開される作品である』とあり、現在のネット上でも電子化されてはいない模様である。書誌についても主に底本の編註に拠った。
なお、総てが戦前の作品であることから、恣意的に漢字を正字化して示す。踊り字「〱」は正字化した。その箇所は特に示さない。【2016年3月17日始動 藪野直史】]
ダダはぽかんとして居ないです
糸川旅夫詩選
鶴
鶴 鶴
鶴は鳩ではない
貴樣鶴子に惚れてるな
鳩がぽつぽと飛んで行く
春 春
春は秋ではない
貴樣春枝にも惚れてるな
春がふらふら秋になる
ピストル
ピストルが時計
ドン 一時
ドンドン 二時
宇宙は大囘轉
その大囘轉を表現するもの
ピストルの如き大爆音を要す
ドンドドンドン ドン ドン
ムーン・ライト・ソナタ
ベエトウベンのデッドマスク
月光! 月光! 月光!
夢だ
(そいから何だつけ)
チウインガム
あゝ第六感大舞踏會
月夜
醉つぱらひよ
ここの街は月世界ではない
アルキメデス
アルキメデスよ
君は哲人だ
犬だ
吠えた
發見した
それがどうしたんだい
貴樣達くよくよしてゐる間に
櫻島火山がバクハツした
あれ おたすけ――
貧乏
風呂場の湯水をガブガブ飮むは
大概齒の黑い低能兒の類ひなるも
あはれあはれ はれはれ
我は都の巷に行き惱み
さかんに食慾をぼえしかば
懷中ひそかにさぐりしも
手にふれしは冷たき五錢白銅一枚
これにて何をか食うべき
あまりに心めいりしか
夢中になりて風呂に行き
湯水をガブガブ飮んでけり
あさましさ限りなし
恥かしさ限りなし
されどもなほもガブガブと狂ふが如く飮みて行く
人間の汁 肉の切れ 腐つた血
そのほか數知れぬバクテリア類
そをきたなしと思へばこそ
いよゝ食慾たかぶりて
佛さん
佛さん
佛さん
別品さん
あゝ月が出た
魚が死んだ
雪 雪 雪
兵隊と馬が接吻
えんま大王クシヤ かつ
一同敬禮
ストトンぶしの藝者連中
最大急行列車
犬 狼
そら來た 逃げ逃げ
佛さん がわらつてる
ねえ 佛さん バカ野野郎
[やぶちゃん字注:「ダダイズム」詩であるからママ表記も馬鹿馬鹿しいのであるが、詩篇「貧乏」の五行目「をぼえ」、八行目「食う」は孰れもママ。「舞踏會」の「踏」は底本の用字のままで示した。詩篇「佛さん」の第二連二行目「えんま大王クシヤ かつ」及び第三連終行の「バカ野野郎」の「野」のダブりもママ。
初出は大正一四(一九二五)年一月三日発行『藝備日々新聞』。「糸川旅夫」は原民喜の最初期のペン・ネームである。本篇はダダイズム詩人として立った原民喜の最初期の貴重な一篇である。当時、民喜、満十九歳。
「アルキメデス」にある「櫻島火山がバクハツした」大正三(一九一四)年一月十二日に始まった桜島の噴火を意識するか。凡そ一ヶ月間に亙って、繰り返し、頻繁に爆発が起こり、多量の溶岩が流出した。この一連の噴火による死者五十八名に及んだ。流出した溶岩の体積は約一・五立方キロメートル、溶岩に覆われた面積は約九・二平方キロメートルに及び、『溶岩流は桜島の西側および南東側の海上に伸び、それまで海峡』(最大距離四百メートル・最深部百メートル)『で隔てられていた桜島と大隅半島とが陸続きになった。また、火山灰は九州から東北地方に及ぶ各地で観測され、軽石等を含む降下物の体積は』約〇・六立方キロメートル、『溶岩を含めた噴出物総量は』約二立方キロメートル(約三十二億トンで東京ドーム約千六百個分に相当)『に達した。噴火によって桜島の地盤が最大』約一・五メートル『沈降したことが噴火後の水準点測量によって確認され』ている、とある(以上はウィキの「桜島」に拠った。当時の噴火の経過と影響はさらにリンク先に詳細に述べられてある)。そこにはこの大正大噴火が終息した後約二十年間は比較的穏やかな状態となっていたともあるので、やはり、この噴火がイメージの源泉であろう。
「佛さん」の「ストトンぶし」は「すととん節」で、大正末期の流行歌。「すととん」という囃子言葉が各節に入った。]

