原民喜 俳句 五句
近咏 杞憂亭 民喜
折々は人往き過ぎる芙蓉哉
川上の堤(どて)に澤山曼珠沙華
小春日やきりぎりす鳴く花畑
ありありと灯に見えてゆく狹霧哉
朝寒や時無草の日向など
[やぶちゃん注:大正一五(一九二六)年十月発行の生原稿を綴った回覧雑誌『四五人会雑誌』一号(底本本文にはこの一号を別に『(萬歳号)』とも表記してある。用字は底本のママ)に掲載(この雑誌は昭和三(一九二八)年九月までに全十三冊を発行している。同人は熊平武二(以前に注した通り、民喜が俳句を始めたのは彼の影響)・長新太・山本健吉・銭村五郎(以下の底本の年譜による))。「杞憂亭」は民喜の俳号。
底本は一九七八年青土社刊「定本 原民喜全集 Ⅱ」を用いたが、戦前の作品なので恣意的に正字化した。
「時無草」「ときなしぐさ」と一応は訓じておく。「国立国会図書館レファレンス協同データベース」の埼玉県立久喜図書館の管理番号(埼久-2004-018)の事例『室生犀星の詩「時無草」の〈時無草〉とは、どのような花か知りたい』があり、その『回答プロセス』には、
《引用開始》
『室生犀星全集 1』で確認すると、「時無草」は『抒情小曲集 第2部』所収と判明するが、草の種類については言及なし。
このほか『抒情小曲集』が収録されている文学全集・作品集や、室生犀星の作家研究・作品研究等にあたるが判明せず。
また、植物関係の事辞典類等にあたると、〈時無菜〉(ふだんそう)はあるが、〈時無草〉なし。
『日本国語大辞典』〈時無〉の項に、「いつと定まった時がないこと」とあり、〈時無小蕪〉〈時無大根〉〈時無菜〉があげられている。
以上から、固有の植物名ではない可能性もあり、室生犀星記念館に問い合わせる。
《引用終了》
とあり、その『回答』として(下線やぶちゃん)、
《引用開始》
室生犀星記念館に問い合わせ、「植物の固有名ではなく犀星のイメージによるもの」との回答を得る。根拠は、『日本近代文学大系 39』「時無草」注の「『時無草』は時節はずれに芽吹いた草」との記述と、補注の「『詩集』(『抒情小曲集』)目次には『たとえば三寸ほどの緑なり』とある」との記述による。
《引用終了》
なお、これらの句は民喜の「杞憂句集」には載らない。]

