植物園 原民喜
植物園
はげしく揺れる樹の下で、少年の瞳は、雲の裂け目にあつた。かき曇る天をながれてゆく龍よ……。
その頃、太陽はギドレニイの絵さながらに、植物園の上を走つてゐた。忍冬、柊、木犀、そんなひつそりとした樹木が白い径に並んでゐて、その径を歩いてゐるとき、野薔薇の花蔭から幻の少女はこちらを覗いてゐた。樹の根には、しづかな埋葬の図があつた。色どり華やかな饗宴や、虔しい野らの祈りも、殆どすべての幻があそこにはあつたやうだ。それは一冊の画集のやうに今も懐しく私のなかに埋れてゐる。
[やぶちゃん注:私が私の「原民喜全詩集」 で底本とした一九七八年青土社刊「原民喜全集 Ⅱ」の書誌によれば、昭和二三(一九四八)年七月号『高原』に初出。
「ギドレニイの絵」バロック期のボローニャ派に属したイタリアの画家グイド・レーニ(Guido Reni 一五七五年~一六四二年)の代表作である、ローマはクイリナーレの丘に建つパラヴィチーニ=ロスピリオージ宮殿の天井画“L'Aurora”(アウローラ:一六一二年~一六一四年)のこと。ウィキの「グイド・レーニ」によれば、『この作品は「アウローラ」(曙)と通称されているが、画面の中心的位置を占めるのは黄金の馬車に乗ったアポロンであり、主題は「アウローラ(曙)に導かれるアポロンの馬車」と解すべきであろう。アポロンの周囲をめぐって輪舞する女性たちはホラ(「時」の擬人像、英語の"hour"の語源)である』とある。ウィキの同画の画像をリンクしておく。
「忍冬」「ニンドウ」とも読むが、ここは「すひかづら(すいかずら)」(吸い葛)と訓じたい。マツムシソウ目スイカズラ科スイカズラ属スイカズラ Lonicera japonica。冬場を耐え忍ぶ強い耐寒性に由来する。
「柊」シソ目モクセイ科オリーブ連モクセイ属ヒイラギ変種ヒイラギ Osmanthus heterophyllus var. bibracteatus 。
「木犀」オリーブ連モクセイ属モクセイ Osmanthus fragrans。
「野薔薇」バラ亜綱バラ目バラ科バラ亜科バラ属ノイバラ Rosa
multiflora。
「虔しい」は「つつましい」と訓ずる。]
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