原民喜「雜音帳」(自筆原稿復元版) ビール
ビール
久振りにビールの切符が配られた。薄い薄い紙に消えさうな靑い印刷で、販賣所の印を見るとかなり遠方の町名になつてゐる。期限は明日限となつてゐた。そこで、こちらの住所姓名を記入し、認を捺して、それから買もの籠に空のビール瓶と、口金を揃へて入れ、今今にも紛失しさうなその小さな切符は上衣のポケツトに收め、電車に乘つた。次の停留場で降りると指定の酒屋へ行つた。ビールはなかつた。一度入荷することはしたのだが、そつくり軍の方へ廻されてしまつたので、この次は何時入荷するものとも分らないといふことであつた。
それから十日あまりして、ビールが入つたといふ噂をきいた。ビール瓶を持つて行くと、今度こそはほんとに一本買へた。翌日、勤めから帰つて、暑くはあるし、その一本を拔いて飲んでみた。すると、たつた一本のピールでひどく無慘に醉ぱらつてしまつた。(昭和十九年)
[やぶちゃん注:「ビールの切符」酒類は昭和一六(一九四一)年五月から配給統制が行われ、表向きは一世帯当りで一ヶ月酒四合・ビール二~四本であった(但し、冠婚葬祭に際しては一回一升。入営・出征の場合は二升の特配があった)。以上はサイト「かみふらのの郷土をさぐる会機関誌」の上村重雄氏の「戦時下の農村生活 配給制度を主として」を参照させて戴いた。なお、「勤め」というのは、前に注した年譜から「朝日映画社」(嘱託)と考えられる。]

