和漢三才圖會卷第五十二 蟲部 枸杞蟲
くこのむし 蠋
枸杞蟲
ケ◦ウキイツァン
本綱食枸杞葉其狀如蠺亦有五色者老則作繭化蛾孚
子諸草木上皆有之亦各隨所食草木之性故藿蠋香槐
蠋臭又有蘹香蟲生蘹香枝葉中狀如釋蠖青色
枸杞蟲【鹹温】益陽道令人悦澤有子【炙黃和地黃末爲丸服之】
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くこのむし 蠋〔(しよく)〕
枸杞蟲
ケ◦ウキイツァン
「本綱」、枸杞の葉を食ふ。其の狀、蠺のごとく、五色の者、有り。老〔ゆれば〕則ち、繭を作る。蛾と化し、子を孚(か)へす。諸草木の上に、皆、之れ有り。亦、各々食ふ所の草木の性〔(しやう)〕に隨ふ。故に、藿蠋〔(かくしよく)〕は香ばしく、槐蠋〔(かいしよく)〕は臭し。又、蘹香蟲〔(くわいかうちゆう)〕有り、蘹香の枝葉の中に生ず。狀、尺蠖(しやくとりむし)のごとく、青色なり。
枸杞蟲【鹹、温。】 陽道を益し、人をして悦澤にして、子、有らしむ【炙り、黃にして、地黃の末に和し、丸と爲して、之れを服す。】。
[やぶちゃん注:「枸杞金花虫」などと本邦で称する甲虫(コウチュウ)目多食(カブトムシ)亜目ハムシ上科ハムシ科 Chrysomelidaeハムシ科ナガハムシ亜科トホシクビホソハムシ(十星頸細金花虫)Lema
decempunctata(Lema
decempunctata japonica とも)か? 本種の幼虫は蚕ではなく寧ろ、蠅の蛆に似ているが、以下に見るように、生薬として有名なナス目ナス科クコ属クコ Lycium chinense の食害種としては代表種であるからである。ウィキの「クコ」より引く。『中国原産のナス科の落葉低木。食用や薬用に利用される。日本や朝鮮半島、台湾、北アメリカなどにも移入され、分布を広げている外来種でもある』枝は長さ一メートル以上、太さは数ミリから一センチメートルほどで、『細くしなやかである。地上部は束状で、上向きに多くの枝が伸びる。枝には』二~五センチメートルほどの葉と凡そ一~二センチメートルの『棘が互生するが、枝分かれは少ない。垂直方向以外に地上にも匍匐茎を伸ばし、同様の株を次々と作って繁茂する。開花期は夏-初秋で、直径』一センチメートルほどの『小さな薄紫色の花が咲く。果実は長径』一~一・五センチメートルほどの『楕円形で、赤く熟す』。『海岸、河原、田畑の畦、空き地の周囲など、人の手が加わりやすく、高木が生えきれない環境によく生える。ある程度湿り気のある水辺の砂地を好む』。『性質は丈夫であり、しばしばハムシの一種トホシクビボソハムシ(Lema
decempunctata)の成虫や幼虫が葉を強く食害したり、何種類かのフシダニが寄生して虫癭だらけになったりするが、それでもよく耐えて成長し、乾燥にも比較的強い。一旦定着すると匍匐茎を伸ばして増え続け、数年後にはまとまった群落となることが多い』。『果実は酒に漬けこんでクコ酒にする他、生食やドライフルーツでも利用される。薬膳として粥の具にもされる。また、柔らかい若葉も食用にされる』。『クコの果実、根皮、葉は、それぞれ枸杞子(くこし)、地骨皮(じこっぴ)、枸杞葉(くこよう)という生薬である』。同属のナガバクコ(Lycium
barbarum)『も同様に生薬にされる。月経促進や人工中絶薬の作用をする成分(ベタイン)が含有されているため、「妊婦あるいは授乳中の摂取は避けたほうがよい」』『との情報があ』り、しかも、しばしば食品の原材料として見かけるものであるにも拘わらず、『食品素材として利用する場合のヒトでの安全性・有効性については、信頼できるデータが見当たらない』という驚くべき記載もある。
・「藿蠋〔(かくしよく)〕」香草の「藿」につく「蠋」の意(以下、同じ)。「藿」は「藿香(カッコウ)」とも称し、シソ目シソ科ミズトラノオ属パチョリ Pogostemon cablin。ウィキの「パチョリ」(patchouli, patchouly, pachouli)によれば、『ハーブの一つであり、主に精油(パチョリ油)に加工され利用される。古くから香や香水に用いられている。インド原産。その名前はタミル語で緑の葉を意味するパチャイ・イライ』『に由来する。パチュリ、パチュリーとも。 漢方ではパチョリの全草を乾燥させたものを霍香(カッコウ)と呼よび霍香正気散などの漢方薬に用いる』。『主に東インドや西インドなど、熱帯地方に生育している。高さおよそ』六〇~九〇センチメートルの『低木であり、暑い環境で良く育つが、直射日光は好まない。その花は強い芳香を放ち、晩秋ごろに開花する。種子は非常に脆く、繊細である。水栽培も可能』。これから精されたパチョリ油という精油があり、『乾燥させた葉を水蒸気蒸留することによって得られる。葉は年に数回収穫される。通常、栽培場の近くで新鮮な葉から抽出された油が最高品質のものとされているが、他の国で油の抽出を行うために、葉を乾燥させて輸出することもある』。『精油の主成分はパチョロールと呼ばれている』。『パチョリが虫除けに効果がある、という研究もあ』り、十八世紀から十九世紀に『かけて、中国から中東へ絹を運んだシルクロードの交易商たちは、蛾が布に卵を産みつけるのを防ぐために、絹を乾燥させたパチョリの葉とともに包んで運んだ』という。『パチュリ油や香が持つ強い匂いは、他の匂いを消すためにも用いられ』た。一九六〇年代から一九七〇年代にかけては、『大麻の臭いを隠すために、パチョリはヒッピーたちの間で広く用いられ』『また、ベトナム戦争の折りに、アメリカ軍の兵士は敵兵の死体の臭いを消すために、パチョリを利用したという』(但し、最後の二つの利用法には要出典要請がかけられてある)。
・「槐蠋〔(かいしよく)〕」の「槐」はマメ目マメ科マメ亜科エンジュ属エンジュ Styphnolobium japonicum 。材木業者のサイトを見ると、生材は犬の糞の様な臭い匂いがするが、木材して乾燥させると香ばしい匂いとなるとある。
・「蘹香蟲〔(くわいかうちゆう)〕」の「蘹香」については東洋文庫版現代語訳では下に単独で出るそれに『ういきょう』とルビする。これを正しいとすれば、かのスパイスやハーブとして知られるセリ目セリ科ウイキョウ属ウイキョウ Foeniculum vulgare を指すということになる。
・「尺蠖(しやくとりむし)」鱗翅シャクガ科 Geometridae の蛾類の幼虫の総称。
・「陽道を益し、人をして悦澤にして、子、有らしむ」男の精気を活発化させ、人を恍惚にさせて、結果、子を孕ませる効果がある。
・「炙り、黃にして」焦げぬように全体が黄色くなるまで、炙って。
・「地黃」キク亜綱ゴマノハグサ目ゴマノハグサ科アカヤジオウ属アカヤジオウウ(赤矢地黄)Rehmannia
glutinosa の根を原材料とした生薬。ウィキの「アカヤジオウ」より引く。『中国原産で地下茎は太く赤褐色で、横にはう。葉は長楕円形で、根際から出る。初夏』、十五~三十センチメートルの『茎を出し、淡紅紫色の大きい花を数個開く』。『アカヤジオウ(近縁植物を含むことあり)の根は地黄(じおう)という生薬である』。初出典は「神農本草経」とされ、『主成分はイリドイド配糖体カタルポール』。『地黄は根を陰干ししてできる生地黄(しょうじおう)、生地黄を天日干ししてできる乾地黄(かんじおう)と呼ばれるものと、生地黄を酒と共に蒸してできる熟地黄(じゅくじおう)と呼ばれるものがある。一般的に地黄と呼ばれるものは乾地黄を指すことが多い。五味は甘、苦。甘味は生地黄、乾地黄、熟地黄の順に強くなる。性は寒。但し熟地黄は寒性よりも酒の効果により温性に近い。地黄は単体として使われることよりも調剤生薬として使われる事が多い』。「神農本草経」では、『乾地黃味甘寒主折跌絶筋傷中逐血痺塡骨髓長肌肉作湯除寒熱積聚除痺生者尤良久服輕身不老』とあり、『内服薬として利用した場合、補血・強壮・止血の作用が期待できる。外用では腫れものの熱をとり、肉芽形成作用がある』。『地黄を使った漢方として有名なものは、六味地黄丸、八味地黄丸、四物湯、炙甘草湯などがある』。明代の医学書「万病回春」によると、『三白(ネギ、ニラ、ダイコン)と併用を禁忌としている』とある。]