和漢三才圖會卷第五十二 蟲部 蠮螉
こしだか 蜾蠃 蒲蘆
蠮螉【謁翁】
【俗云 似我
又名 腰細蜂】
本綱其蜂黒色腰甚細雖名土蜂不就土中作窠啣泥於
人屋及噐物邊作房如併竹管其生子如粟米大置中乃
捕取草上青蜘蛛十余枚滿中仍塞口以待其子大爲粮
也詩云螟蛉有子果蠃負之教誨爾子式穀似之【螟蛉乃桑虫也
果蠃乃蒲蘆也】蓋不知此詩之本旨而以爲細腰蜂無雌皆取青
虫教祝便變成己子斯謬矣但詩言國君之民爲他人所
取爾説者不知似字乃似續之似誤爲如似之似遂附會
其説爾今屢破其房視之果有子如粟米大色白而微黃
雌雄徃來所負青虫却在子下不與虫相着
△按蠮螉無雌取桑虫負來入于窠爲養子祝曰似我似我
則長爲蜂故名似我蜂之説甚誤而和漢共然焉【本草亦其論辨
多取要旨註于上也】又倭名抄以蠮螉訓佐曽里者非也【佐曽里即蠍也】
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じがばち 土蜂 細腰蜂
こしだか 蜾蠃〔(くわら)〕 蒲蘆〔(ほろ)〕
蠮螉【謁翁〔(えつをう〕】
【俗に云ふ、似我〔(じが)〕。又の名、腰細(こしぼそ)蜂。】
「本綱」、其の蜂、黒色にして、腰、甚だ細し。名を土蜂と雖も、土中に就きて窠を作るにあらず。泥を啣(くわ)え、人屋及び噐物の邊に於〔いて〕房を作ること、竹管を併(あは)するがごとし。其の子を生ずること、粟米の大いさのごとく、中に置き、乃ち、草上に捕取して、青蜘蛛十余枚、中に滿たして、仍つて口を塞ぎ、以て、其の子、大きになるを待ちて、粮〔(らう)〕と爲〔(な)〕すなり。「詩」に云く、『螟蛉(めいれい)、子、有り。果蠃(くはら)、之れを負ふ。爾(なんじ)が子を教誨して、穀を式(し)いて之れに似(の)れり。』【螟蛉は、乃ち、桑虫なり。果蠃は、乃ち、蒲蘆なり。】〔と〕。蓋し、此の詩の本旨を知らずして以爲〔(おもへ)〕らく、細腰蜂、雌、無し。皆、青虫を取りて、教へ祝して、便〔(すなは)〕ち、變じて、己〔(おのれ)〕が子と成すと。斯れ、謬〔(あやま)〕りなり。但し、詩に言ふ心は、國君の民、他人の爲めに取らると云ふのみ。説く者、似の字は、乃ち、「似續〔(いぞく)〕」の「似〔(い)〕」と知らず、誤りて、「如似〔(じよじ)〕」の「似〔(じ)〕」と爲して、遂に其の説を附會せるのみ。今、屢(しばしば)、其の房を破りて之れを視るに、果〔(くわ)〕して、子、有り、粟米の大いさのごとし。色、白くして微黃、雌雄、徃來して、負ふ所の青き虫は、却つて、子の下に在りて、虫と相ひ着かず。
△按ずるに、蠮螉(えつをう)は、雌、無く、桑虫を取り、負ひ來りて窠に入りて、養子と爲し、祝して、「我に似(に)よ、我に似よ。」曰〔(いひいひ)〕して、則ち長じて蜂と爲る。故に似我蜂と名づくと云ふの説、甚だ誤りにして、和漢共〔(とも)〕に然〔(しか)り〕【「本草」も亦、其の論辨、多し。要旨を取り、上に註すなり。】。又、「倭名抄」に「蠮螉」を以て「佐曽里」と訓ずるは、非なり【「佐曽里」は即ち「蠍」なり。】。
[やぶちゃん注:訓読にかなり苦労した。まずは、狩り蜂として知られる細腰(ハチ)亜目アナバチ科ジガバチ亜科ジガバチ族Ammophilini の類ととれるが、彼らは、ファーブルの観察で知られる通り、土の中に麻酔したアオムシ類を封入して卵を産み込む寄生蜂であって、「土中に就きて窠を作るにあらず。泥を啣(くわ)え、人屋及び噐物の邊に於〔いて〕房を作ること、竹管を併(あは)するがごとし」及び「蜘蛛」というのはやや不審である。「竹管を併するがごとし」と叙述して竹とは言っていないものの、これは先の「赤翅蜂」で同定した、膜翅(ハチ)目細腰(ハチ)亜目ミツバチ上科ギングチバチ科ギングチバチ亜科ジガバチモドキ属 Trypoxylon のジガバチモドキ類と混同している嫌いがあるように思われる(既に述べた通り、二種は全く異なる種であるが、一種の平行進化で、見た目は酷似している)。ともかくもジガバチ族 Ammophilini の類としてはおく。ウィキの「ジガバチ」によれば、『狩りは幼虫の食糧確保のために行なわれる。産卵前に食料にする獲物に毒針で毒を注入する。獲物はまったく動かなくなるが、これは神経を麻痺させてあるだけで、殺してはいない(死ぬと肉が腐って幼虫の餌とならない)。その後、巣(幼虫室と呼ぶ)を作って獲物を運び入れ、卵を一つ(種によっては複数)産み付ける。雌は幼虫室を閉じて出ていき、二度と戻らない』。『幼虫は獲物の体の上で孵化し、獲物を殺して腐敗を起こさないよう、生命維持に影響を及ぼさない部位から順番に獲物を食べていく。獲物を食べつくし、巣穴と同じくらいの大きさまで成長すると繭を作って蛹になり』、十日ほどで『羽化をして巣穴を出る』。既に注した通り、『幼虫の食料として、ジガバチ属はアオムシを捕るが、これに対し、同科で似た生態だがジガバチ亜科でない』キゴシジガバチ亜科の『 Sceliphron 属はクモを捕る』とあるので、これを「本草綱目」の記載の最初の方の限定候補とすることは可能である。『非社会性で』『群れは作らない』とあり、『ジガバチの名は、その羽音に由来し、虫をつかまえて穴に埋め、似我似我(じがじが、我に似よ)と言っているとの伝承に基づく。じがじがと唱えたあと、埋めた虫が後日ハチの姿になって出てきたように見えたためである』と記すのは、まさに本記載と一致はする。
・「謁翁〔(えつをう〕」は「蠮螉」の音を示したもの。「エツオウ」。
・「青蜘蛛十余枚」「青」とあるが、葉の色に似せた緑色のクモ類のことと思われる。「枚」は薄くて平たいものを数える助数詞であるから違和感はない。
・「粮〔(らう)〕」「糧」に同じい。食糧。「かて」と訓じてもよい。
・「詩」に云く、『螟蛉(めいれい)、子、有り。果蠃(くはら)、之れを負ふ。爾(なんじ)が子を教誨して、穀を式(し)いて之れに似(の)れり。』」「詩経」の「小雅」の「小宛」の第三章に、
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中原有菽 庶民采之
螟蛉有子 蜾蠃負之
敎誨爾子 式穀似之
中原に 菽(しゆく)有り 庶民 之れを采る
螟蛉に 子(こ)有り 蜾蠃 之れを負ふ
爾(なんぢ)が子を敎誨して 穀(よ)きを式(もつ)て之れに似す
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禁欲的に注すると、「中原」は一般名詞で広大な野原の真ん中、「菽」は豆(特に大豆)、本文の注に出るように「螟蛉」は本文の「桑虫」で蚕(かいこ)のこと。但し、ここは後に「子有り」とあるから成虫の蚕蛾を指す。「蜾蠃」も本文の通り、ジガバチを指す。「之れを負う」はこれを奪って、の謂い。「爾(なんぢ)が子を教誨して」は自分の子に教え諭(さと)し、言い含めて。「穀(よ)き」は食物・養育するための糧(かて)の謂いか。「式(もつ)て」以って本文のように「しきて」とも読む。なお、詩全体はこれや他の生物を喩えとして親に迷惑をかけずに自立して生きよ、謙虚に生きねばどうなるか分からぬ、といった教訓詩である。
・「以爲〔(おもへ)〕らく」「思うに」「考えるに」であるが、ここは限定的に「対象を誤って認識してしまって」の謂い。
・「祝して」東洋文庫版現代語訳では、『祝(いの)って』と訓じてある。
・「詩に言ふ心は、國君の民、他人の爲めに取らると云ふのみ」ちょっと判り難いが、個人ブログ「raccoon21jpのブログ」の本詩を解り易く解説されたページによれば、本詩の主旨の核心については、『古注は例によって「大夫、幽王を謗る」と、新注朱子は「乱世にあって兄弟相戒めて禍を免れようとするもの」と』し、『現代説では、「教訓詩。一門の長老が乱離の間にあって処世の要を教える詩」(白川さん)、「教訓詩。困難な社会の現実に直面する作者がひたすら努力して生きるよう人々に訴える」(加納さん)、「禍乱の多い無秩序な世の中では「戰戰兢兢、如履薄冰」生きねばならないとのわが身の孤独と不遇を祖霊に訴え加護を求める宗教祭祀歌」(石川本の前田さん)と』あるとする(「白川さん」は白川静、「加納さん」は加納喜光を指し、「石川本の前田さん」とは石川忠久の「詩経」(新釈漢文大系)中の|前田康晴の説という意味であろう)。
・『「似續〔(いぞく)〕」の「似〔(い)〕」』「似續」は「似せて続ける」で、「継続すること」「受け継ぐこと」「引き継ぐこと」の謂い。東洋文庫版では「似続」に『ひきつぐ』とルビする。
・『「如似〔(じよい)〕」の「似〔(じ)〕」』「じ」は私が差別化するために恣意的に読みを変えただけで根拠はない。「似るがごとし」で、「似たようにすること」「似せたものに成すこと」の謂いであろう。東洋文庫版では「如似」に『にせる』とルビする。
・「果〔(くわ)〕して」成果物(幼体として成長して顕在的な物になること)となって。
・「雌雄、徃來して」雌雄は筆の勢いであろう。但し、先に引いたように、一般には産卵は一つの獲物に一つであるが、種によっては複数個を産み込むとあるから、強ち、誤りとは言えないか。
・「虫と相ひ着かず」幼虫とは一体にはなっていない。青虫が変容したのではないことを観察で実証しているところ、は博物学的に凄い(但し、これは時珍のそれではなく、「冦宗奭」(こうそうせき:宋代の本草学者。本草書の名著の一つである「本草衍義」(一一一九年頃)の作者)の記載からの時珍の引用部に現われる記載である)。
・「曰〔(いひいひ)〕して」推定で訓じた。
・「和漢共に然り」和漢の本草書押しなべてともに同じ誤りを犯している。良安の得意な批判的言い回しである。
・『「本草」も亦、其の論辨、多し。要旨を取り、上に註すなり』殆んど原型をとどめないほどにパッチ・ワークされている。しかし、確かに「本草綱目」のこの「蠮螉」の項は、異様に読み難く、言っていることが錯綜している感じが、事実、強い。
・『「倭名抄」に「蠮螉」を以て「佐曽里」と訓ずるは、非なり』「佐曽里」は「蠍」で、言わずもがな乍ら、節足動物門鋏角亜門クモ綱サソリ目 Scorpiones のサソリ類である。因みに、日本にサソリはいないと誤認している方も多いので附言しておくと、
ヤエヤマサソリ Liocheles australasiae
三センチメートル強の小型のサソリで、東南アジア・オセアニア・オーストラリアなどに広く分布し、日本では沖縄県八重山諸島に分布する。枯れ木の皮の下などに住み、シロアリなどを食べ、♂が殆んど存在しないことから、単為生殖で殖えると考えられている。無毒とされるほど、毒性は弱い。
マダラサソリ Isometrus maculatus
六センチメートルほどの中型のサソリで、人家の壁などに棲息する。毒はそれほど強くはなく、ミツバチ程度とされる。世界の熱帯地域に広く分布し、本邦では沖縄の八重山諸島・宮古諸島及び小笠原諸島に分布する。
と、ウィキの「サソリ」にある。但し、良安の時代の日本には、いない、と言ってよかろう。]


