雜興 原民喜
[やぶちゃん注:以下は、昭和二(一九二七)年六月発行の『霹靂』一巻に所収された八篇からなる総標題「雜興」とする詩篇群である。「杞憂亭」は原民喜の俳号である。当時の民喜は上京三年目(慶応大学文学部予科に在籍)で二十一歳。『霹靂』は文学好きであった直ぐ上の兄守夫(広島在住で原家四男。民喜より三つ上)との兄弟同人誌。底本年譜によれば、その濫觴は大正六(一九一七)年十二歳(民喜は県立広島師範学校付属小学校五年生)の時に始めた二人だけの原稿綴じ同人誌『ポギー』に遡り、この『霹靂』の前にも他に『沈丁花』というのもあった。
底本は一九七八年青土社刊「原民喜全集 Ⅰ」の拾遺集を用いたが、戦前の創作なので、恣意的に漢字を正字化した。各篇の間(各小見出し(小題)の太字はママ)は底本では一行空けであるが、読み易さを考えて、少しスパンを設けた。]
雜興 杞憂亭
ニコライ堂
ある日ニコライ堂を見んとて見に行きけり。がらんとして冬空に堂は聳え、近づけば愈寂しげなり。さればたゞ垣の外をめぐりて歸りぬ。
習日より我は風邪にかゝりて熱出でぬ。苦しき儘に我はかの寂しきニコライの堂を思ひ、「いかなれば日頃はたゞ遠く望み居りしものを見には行きけるぞ。かゝるものを見し故に魔こそつきける。」と童子のごとく愚かにも口惜しがりけり。
[やぶちゃん注:「習日」は底本のママ。「翌日」の誤字であろうが、初出がそうなっているのであろうから、ママとした。底本には注記も何もない。因みに後半部分は、何となく、ある事実を重ね合わせることが出来るように思われる。それは彼の左翼思想への傾斜がこの時期に始まると考えられているからである。底本年譜の大正十五年の条には、『昼寝て夜起きるという生活を続け、学校にはほとんど登校せず、同人との交友のなかで、自己と自己の文学を厳しく吟味し、またマルクス主義文献にも接しはじめ、左翼運動へ漸次、関心を深め』たとあるからである。]
鯛燒
鯛燒の頭はあん多くして尾はすくなし、尾は焦げて芳はしく、頭は水々し。一つ二つ食らへば既に腹は足らへど、己の腹も亦、鯛燒のごとあんばかりつめこめられし心地して、貧は身に沁むなり。
殘りし一尾を枕元に置きしが、翌朝目覺めてこれを食らへば、冷たくして風味あり。されど机邊に鯛燒の香久しくとゞまりて去らず心憂かりき。
[やぶちゃん注:太字「あん」は底本では傍点「ヽ」。「芳はしく」はママ。]
霧明
小説を書き終りて後の心は何にたとへん。霧明りの舖道をふらふらとあゆぎて、われはおもむろに冷えゆく頭を娯しむ。
[やぶちゃん注:「あゆぎて」はママ。このような古語は知らない。「あゆみて」の誤字とも疑われるが、或いは方言かも知れぬので暫くママとする。]
霧夜
額に置きし濡れ手拭はポタポタと我が枕の上に滴落しぬ。ポタリと左の方より落ち、次いで右が落ちるなり。そのいみじき音にきゝ入りつゝ、熱にうるみし目をみはり、天井を眺めば、ここは東京麻布飯倉飯倉館の四疊半、この眞夜中われの苦痛をいたはるものは唯我の一人なりけり。
[やぶちゃん注:「ポタポタ」の後半は底本では踊り字「〱」。
「東京麻布飯倉飯倉館」ここは現在の港区東麻布の「東麻布」一~三丁目から「麻布台」一・二丁目内と推定する(現在の東京タワーの西方一帯)。当時は麻布区に属した。明治四四(一九一一)年に東京市内の町名の冠称が外されたために「飯倉狸穴町」は「狸穴町」となり、「飯倉」の名は、行政上は「飯倉町」(一丁目から六丁目まで)及び「飯倉片町」に残るのみとなった(ウィキの「飯倉 (東京都港区)」に拠る)とあるから、「飯倉館」と称する以上はこの下宿屋(如何にも、っぽい名前である)は飯倉町に在ったと考えてよかろう。民喜は上京当時、三田四国町(しこくまち:現在の港区芝)に下宿したとあるが、ここはもう、そこではない。彼は生涯、住居を転々としている(というより、追い出されることが多かったようにも見受けられる)。]
アイスクリーム
病の床にほうびを置いてもらふは子供のならはしなり。我は病にありてアイスクリームを思ひぬ。街に出て食らはばや。熱ある舌にとりて懷しきものアイスクリーム。熱去りて後までもなつかしきものぞ。
ある夜
ほどよき亢奮に浸りて、己が生活を考へるは如何に娯しきものぞ。うち灯さす都に電車は走るなり。その電車に我は坐し、しきりと己が生活を考へ耽けりぬ。夜の灯は明くつゞき、一めんの美しき霧なり。
[やぶちゃん注:「灯」はママとした。]
あさりうり
曇り日 宿に居れば、あさりあさりと哀しげに叫びありくは誰ぞや。あさり貝のことなり。あさりを賣る男なり。あさり買ふ人もあるものか。あさりといふ貝の何處の海邊に生じけん。あはれ そを賣りありく男の聲のかなしきは、貝の舌のちらちらと呼吸するにも似たり。あさり買ふ人もあらばこそ、かくは呼びありくものを、かなしと聞く己こそ笑止なれ。
[やぶちゃん注:二箇所の字空けはママ。]
ベルト
ビユ・ビユ・ド・モンパルナス、を讀みしが、ベルトと云ふ淫賣婦は金を靴下のなかにしまひ置くとかや、いうに優しかり。堅き舖石の上を歩き廻るためベルトの靴はつねにちびてしまふとかや、こはあほれなり。
[やぶちゃん注:「ビユ・ビユ・ド・モンパルナス」フランスの作家シャルル=ルイ・フィリップ(Charles-Louis Philippe 一八七四年~一九〇九年)が一九〇一年に発表した自伝的小説“Bubu de Montparnasse ”。チンピラに身を落した青年「ビユ・ビユ」(ビュビュ)は恋人の「ベルト」を売春婦にさせてそのヒモとして生きており、そのベルトに入れ揚げる苦学生ピエールとの三角関係が描かれる。かのイギリスの詩人エリオットは本作をフィリップの最高傑作として絶賛する他、この小説の評価は当時、驚くほど高かった。個人ブログ「映画、安ワインの日々」の「ビュ・ビュ・ド・モンパルナス(フィリップ)」が梗概をコンパクトに纏めておられ、よい。]

