蟻 / 白百合 / 山のなかにて / 雨と葉 原民喜
蟻 原 民喜
遠くの道を人が時々通る
影は蟻のやうに小さい
私は蟻だと思つて眺める
幼兒が泣いた眼でみるやうに
それをぼんやり考えて居る。
白百合
おゝ白百合よ
私はパツとその白さを見た
幸福を感じ易い今日の朝
山のなかにて
松があつて
風に鳴るので
石の上には
なにもなくても
山は寂しい
雨と葉
あたりは白く明らみ
いつもの淋しい樹は雨に濡れる
ああ忘れてはしまつたが
何か小さな懷しい想ひ出が
雨と葉のなかにあるらしく
呼び起すことはできなくとも
ほのかにも 心懷しくなるよ
いくすじにも降る雨は
たくさんの囁きを持つてゐる
[やぶちゃん注:大正一二(一九二三)年十一月発行の『少年詩人』四号(この号のみ「月号」でなく、通算号表示であるので注意)に所収された四篇総て。
底本は一九七八年青土社刊「原民喜全集 Ⅰ」の拾遺集を用いたが、戦前の創作なので、恣意的に漢字を正字化した。]

