原民喜「淡章」(恣意的正字化版) 始動 / 岐阜提燈
淡章 原民喜
[やぶちゃん注:初出誌未詳。昭和四一(一九六六)年芳賀書店版全集第二巻に所収されたものである。
底本は一九七八年青土社刊「原民喜全集 Ⅰ」の「拾遺作品集Ⅱ」に基づいたが、既に私が行った自筆原稿復元版の諸篇を見て戴いても判る通り、原民喜は終生、漢字を基本的に正字で記している(新字表記と混用はあり、例えば「歸」の字は概ね「帰」と記すことが多いように思われる)。本文の歴史的仮名遣表記と合わせて、私は漢字も正字化するのが、原民喜の本来の作品に近いものと確信するので、本篇も恣意的に漢字を正字化して示すこととした。
本篇は形式から見ても、民喜の好んだ散文詩様のもの、というよりも散文詩そのものと捉えることが出来、これらは民喜の詩篇の一群と見做すのが至当と思われる。また、内容から見ても、これらはアフォリズムでは到底なく、また、掌編小説というのでもない、やはり「散文詩」であるとしか私には思えぬのである。]
淡章
岐阜提燈
夏の夕方の、わけても、微妙な時刻の、夥しい光線が胡瓜の葉を包んでゐた。太く、厚く、あざやかな葉は濃い綠を光の中に展げて、影らしいものがすつかり失せ、色と光が今一つに溶けあつてゐるのだつた。それは視るものの心を自づから溶かし込んでゆく一つの魔術であつた。恍惚とした中にあつて、子供は微かに苦惱を覺えた。
子供はさきほどの感覺が消えうせたかと思ふと、今度は緣側で岐阜提燈の燈が瞬いてゐるのに惑はされた。提燈はさながら軒に留まつた他界の生物のやうに儚なく呼吸づいてゐた。燈の色が次第に衰へてゆくに隨ひ、あたりの闇は深まつて行つた。遂に斷末魔の搖らぎを見せて、燈は一たん提燈の底に消えて行つた。と思ふと、次の瞬間には靑白い影が茫と闇の中に甦つて來て、提燈の形は仄白くかなたに浮んでゐた。その幽靈の如く消えのこる燈は何時までも容易に盡きようとしなかつた。それは遠い祖父たちの怨恨に煙る惡夢に似てゐた。子供は脅えながら次の瞬間を待つた、すると再び苦悶が訪れた。燈は
ぷ つ り と消え失せた。つづいて提燈が嚇と燃え上つた。と見ると、其赤な焰のなかに極彩色の生首が頷いてゐるのだつた。
[やぶちゃん注:「燈」の字は総て底本の用字であって私が正字にしたものではない。また、「燈は
ぷ つ り と消え失せた」の有意な半角字空けも底本のママである。]
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