サボタージユの歌 原民喜
サボタージユの歌
働くな働くまい
私にも二つ目がある
目で見れば鼻もあるわい。
口も耳手もあるらしい。
此の鼻で同じ呼吸をし
太陽の同じ光を
平等に受ける我々
どこが主人と異なろう。
それに私を働かす。
それに私をいぢめる。
馬でない馬ならば
けりとばすもの
人ならば働かぬもの
働くまいいぢめられしもの。
サボロー サボロー
餘りひどい世の中だ
人があせとあぶらとを
何とも思はぬ主人の顏
人が苦しい肉體を
何とも思はぬ主人の顏。
あの恐しい主人の目
何をそんなに恐らかす。
もう永久にサボルのだ。
[やぶちゃん注:前掲と同じく、原民喜がすぐ上の兄守夫と出した兄弟同人誌、大正九(一九二〇)年九月号『ポギー』三号に所収。
原民喜の分かち書き形式のこうした近代詩の中では、現存する最古のものと思われる。
底本は青土社版「原民喜全集 Ⅰ」の「拾遺集」に拠ったが、戦前の作品であるので、恣意的に漢字を正字化した。「餘り」は底本「余り」で迷ったが、正字化した(「余」は江戸以前の古典でも「余」を用いるケースがままあるからである)。
彼の社会主義的資質が既にして現われていることには驚嘆せざるを得ない。この時、民喜、未だ満十四歳、広島高等師範付属中学二年であった。]

