和漢三才圖會卷第五十二 蟲部 燈蛾
燈蛾
【俗云 火取虫】
△按蝶之小者爲蛾其種類亦多矣蠶羽化者爲蠶蛾【和名
比比流】燈蛾多出於雀甕大五六分形色似黃蝶而色枯
渇者也夏夜見燈燭則如欲奪火數回終没燈油中死
故愚人爲色欲貪欲抛身命以譬燈蛾
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ひとりむし 蠋蛾〔(しよくが)〕 火蛾〔(ひが)〕
燈蛾
【俗に云ふ、火取虫】
△按ずるに、蝶の小さなる者を蛾と爲す。其れ、種類、亦、多し。蠶、羽化する者を蠶蛾〔(かひこが)〕と爲す【和名、比比流〔(ひひる)〕。】。燈蛾〔(ひとりむし)〕は、多く雀甕(すゞめのたご)より出づ。大いさ、五、六分〔(ぶ)〕、形色、黃蝶に似て、色、枯渇たる者なり。夏の夜、燈燭を見れば、則ち、火うを奪はんと欲するがごとく、數回にして終ひに燈油の中に没し、死す。故に、愚人、色欲・貪欲〔(とんよく)〕の爲めに身命〔(しんみやう)〕を抛(なげう)つ〔を〕、以て、燈蛾〔(ひとりむし)〕に譬(たと)ふ。
[やぶちゃん注:蛾総論で、蛾はこれで終わってしまうのであるが、考えて見れば、「雀甕」の項から始まって、「雪蠶」までは総て蛾の特定関連項(画像附き独立項五項で、前期と同等レベルの柱標題を加えると八項、それに小標題の柱を加えるなら延べ十一~十二箇条にも及ぶ)であって、特に人間生活に重要な役割を持っている家蚕、蚕蛾についは頗る詳述してあったのだから、蝶のショボさに対して、蛾の方は不足はないと言える。既に何度も現在の鱗翅目 Lepidoptera に属するガ(蛾)類の規定は注して来たので、今回はウィキの「ガ」を引いて終りとしておく(アラビア数字を漢数字に代えた)。『ガ(蛾)とは、節足動物門・昆虫綱・チョウ目(鱗翅目、ガ目とも)に分類される昆虫のうち、チョウ(具体的にはアゲハチョウ上科、セセリチョウ上科、シャクガモドキ上科)を除いた分類群の総称』。『日本にはチョウ目の昆虫が三千五百種類知られているが、「チョウ」と呼ばれるものは二百五十種類にすぎず、他はすべて「ガ」である。世界全体で見ると、ガの種類数はチョウの二十~三十倍ともいわれている。チョウとガに明確な区別はない』(以上、前の「蝶」の私の注冒頭も参照のこと)。『成長段階は、卵 - 幼虫 - 蛹 - 成虫という完全変態をおこなう。幼虫は外見や行動によってイモムシ、ケムシ、シャクトリムシ、ミノムシなどと呼ばれる』。『幼虫は植物食のものが多いが、様々な食性を持つものがある。例えば主にヒグラシ』(半翅(カメムシ)目同翅(ヨコバイ)亜目セミ上科セミ科セミ亜科ホソヒグラシ族ヒグラシ属ヒグラシ Tanna japonensis)『などセミの仲間に寄生するセミヤドリガ』(鱗翅目二門亜目マダラガ上科セミヤドリガ亜科セミヤドリガ属セミヤドリガ(蟬宿蛾)Epipomponia
nawai)、『コナラやクヌギに穿孔し樹液に集まる虫を捕食するボクトウガ』(ボクトウガ科ボクトウガ亜科 Cossus 属ボクトウガ(木蠹蛾)Cossus
jezoensis)、『普段は植物食だが機会的にイモムシなどを捕食するオオタバコガ』(ヤガ科タバコガ亜科
Helicoverpa 属オオタバコガ Helicoverpa armigera armigera)、『ミツバチの巣を専食するハチノスツヅリガ』(Honeycomb Moth:メイガ科ツヅリガ亜科ハチノスツヅリガ(蜂の巣綴り蛾) Galleria mellonella)、『チョコレートなども含む乾燥子実類を食うノシメマダラメイガ』(メイガ科 Plodia 属ノシメマダラメイガ(熨斗目斑螟蛾) Plodia interpunctella)、『乾燥羽毛・獣毛を食うイガ』(ヒロズコガ科イガ(衣蛾)Tinea
translucens)『などがいる。変わった食性の物としては陸貝を専食する Hyposmocoma molluscivoraが知られている』。『蛹になる前に糸を吐いたりして繭(マユ)を作る種類が多く、カイコガ』(カイコガ科カイコガ亜科カイコガ属カイコガ Bombyx mori)『などはその糸が人間に利用される。ただしスズメガ科』Sphingidae『の多くの種類など、繭を作らずに土中でさなぎになるものもいる』。『成虫の四枚の翅は鱗粉や毛でおおわれる。ただしオオスカシバ』(スズメガ科ホウジャク亜科 Dilophonotini 族 Hemarina 亜族オオスカシバ属オオスカシバ Cephonodes hylas)『(羽化後に鱗粉を落としてしまう)などの例外がいる』。『成虫の触角は先端がふくらまず、糸状や羽毛状の種類が多い』。『成虫の口はストロー状に細長く伸びており口吻と呼ばれる。花の蜜や樹液、果汁など水分を吸うのに適している。ただしカイコガやミノガ』(ヒロズコガ上科ミノガ科 Psychidae のミノガ類)『などの成虫は口が退化していて、幼虫時代に蓄えた栄養分だけで活動する。また、コバネガなどでは咀嚼可能な口器を持ち、花粉などを食べる』。『夜に行動する種類が多いが、サツマニシキ』(マダラガ科ホタルガ亜科サツマニシキ Erasmia pulchella nipponica)『などのように派手な体色を持ち昼間に行動するものもいる』とある。
なお、挿絵の上部の個体には「蠶蛾」の、下部の個体には「燈蠶」の特異点のキャプションが附く。
・「和名、比比流〔(ひひる)〕」前項「蝶」の冒頭注を参照。
・「燈蛾〔(ひとりむし)〕は、多く雀甕(すゞめのたご)より出づ」誤り。「雀甕」は前掲した通り、鱗翅目 Glossata 亜目 Heteroneura 下目ボクトウガ上科イラガ科イラガ亜科イラガ属 Monema に属するイラガ類或いはその近縁種の作る繭であるが、「燈蛾」は広く蛾類を指すからである。
・「五、六分〔(ぶ)〕」一センチ五ミリから一センチ八ミリメートルほど。
・「色、枯渇たる者なり」黄色がすっかり褪せた(枯れて煤けた・色褪せて消えかけた)ような感じの謂いであろう。
・「故に、愚人、色欲・貪欲〔(とんよく)〕の爲めに身命〔(しんみやう)〕を抛(なげう)つ〔を〕、以て、燈蛾〔(ひとりむし)〕に譬(たと)ふ。」老婆心乍ら、ここは「故に――愚かな者が、色欲やら貪欲やらといった下らぬ欲望に身を任せてしまい、あたら大事な、その身命(しんみょう)をも抛ってしまうことを――以って、「燈蛾(ひとりむし)」に譬えるのである。」の謂いである。]


