閑吟集より(千葉の旅の途次に)
誰(た)が袖ふれし梅が香(か)ぞ 春に問はばや 物言ふ月に逢ひたやなう
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老(おい)をな隔てそ垣穗の梅 さてこそ花の情(なさけ)知れ 花に三春の約(やく)あり 人に一夜(ひとよ)を馴れそめて 後(のち)いかならんうちつけに 心空(そら)に楢柴(しば)の 馴れは增さらで 戀の增さらん悔やしさよ
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それを誰(た)が問へばなう よしなの問はず語(がた)りや
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年々(としどし)に人こそ舊(ふ)りてなき世なれ 色も香も變らぬ宿の花盛り 誰(たれ)見はやさんとばかりに まためぐり來て小車(をぐるま)の 我とうき世に有明の 盡きぬや恨みなるらん よしそれとても春の夜の 夢の中(うち)なる夢なれや 夢の中なる夢なれや
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吉野川の花筏(はないかだ) 浮かれてこがれ候(そろ)よの 浮かれてこがれ候(そろ)よの
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面影ばかり殘して 東(あづま)の方(かた)へ下りし人の名は しらじらと言ふまじ
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さて何(なん)とせうぞ 一目(ひとめ)見し面影が 身を離れぬ
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いたづらものや 面影は 身に添ひながら獨り寢(ね)
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見ずはよからう 見たりゃこそ物を思へただ
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な見さいそ な見さいそ 人の推(すゐ)する な見さいそ
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思ふ方(かた)へこそ 目も行き 顏も振らるれ