原民喜「雜音帳」(自筆原稿復元版) 本
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その本を手にとつて眺め、買ふことにきめ、下におき、一寸ほかの本の方へ眼をやつてゐる隙に、傍にゐた男がその本を取つて向へ持つて行つた。ほかの本と四五冊一緒に一抱へにして、向へ持つて行き、棚の中から更に一冊拔くと、帳場で金を支拂ひ、と思ふと、自轉の後にくくりつけて立去つてしまつた。數秒間の出來事であつた。靑い開襟を着た口鬚の男だつた。
その後あちこちの本屋、あの黃色い表紙の大版の本を探すのだが、もとより一冊も見あたらないのであつた。 (昭和十九年)
[やぶちゃん注:「黃色い表紙の大版の本」……この本……誰の書けう何なるか……知りたや……]

