なき人の微笑 原民喜
なき人の微笑 原たみき
生きて居る口とだけ話をするのは
あんまり淋しすぎるゆえ
想ひ出を靜かにたどれば
にこやかに 面影はあるが
その口は ほゝゑむばかり
なんにも語らない
語るにはつらいからか
でもなき人は口で語らないかはりに
私に語るよ
おゝ優しいそのほゝゑみで
[やぶちゃん注:大正一二(一九二三)年六月発行の『少年詩人』六月号に所収。
底本は一九七八年青土社刊「原民喜全集 Ⅰ」の拾遺集を用いたが、戦前の創作なので、恣意的に漢字を正字化した。
この死者は不詳。調べる限りではこの年に近親者の逝去はない。民喜の知己か。しかし、一つ、次に掲載する次号(七月号)の『少年詩人』に載る散文詩「車の響」との強い連関性があるとすれば、この人物は既に亡くなった彼の実の姉と読むことが出来るし、私はそのように読みたい(次の詩篇「車の響」の注を参照のこと)。]