近什五句 / 一瞥千金 / よくみる夢 原民喜
[やぶちゃん注:以下は、大正一五(一九二六)年十二月発行の『沈丁花』二号に所収された三篇からなる詩歌群である。
底本は一九七八年青土社刊「原民喜全集 Ⅰ」の拾遺集を用いたが、戦前の創作なので、恣意的に漢字を正字化した。]
近什 杞憂亭
道すがら柿赤々と熟れてけり
紅葉せる雜木の奥は暗き哉
古池のあたりにあかき焚火哉
朝晴れや寒菊の花の咲きてけり
冬晴れの大根畑ばかりかな
[やぶちゃん注:「近什」「きんじふ(きんじゅう)」と読む。最近、作った詩歌や文章のこと。但し、「什」は本来、厳密には、十篇を一纏まりとする詩歌、を指す。
本句は一句も後の「原民喜句集(杞憂句集)」には収められていない。]
一瞥千金
一瞥千金
低能兒は笑はぬ
醉つた振りして醉ふ
意識的に睦むれるか
なんでもないことがうれしい
退窟の押賣
惚れることは新らしい
ひがみは磨け
人の一生は孤獨
人を相手に自分を相手
噓とは口扁に虛と書く
女の言葉はみな信ぜよ
上手な無駄使ひ
朝寢坊は朝を知る
何もしないために夜ふかし
夢をみないのは病氣だ
買被られたり見下げられたり
怠けものの苦學
不眠症のときの涙は痛い
てにをへぬ てにをは
大きな船に乘つた積りで疑へ
かたくりは混ぜてゐるとかたまる
自分の曆がつくりたい
そのうちにどうにかなる
絶望はアジア大陸よりも大きい
[やぶちゃん注:太字「てにをは」は底本では傍点「ヽ」。「退窟」はママ。]
よくみる夢 杞憂亭
近頃よくみる夢のなかで面白いのが二つある。一つは中學校の夢だが、私が夢のなかではまだ中學生なのである。それで非常に厭な思ひをして附屬中學に通つてゐるのである。ところで、私は兵式體操をさせられて鐡砲を担がされるのである。すると先生がきまつて私の仕方が惡いと云つて叱るのである。私はこゝで癪に觸るもんだから「なにぐずぐず云ふな」とあべこべに先生を叱り飛ばすのである。目がさめて私は夢だつたかと思ふのだが、どうも變なのは先生を叱るときのものの云ひ方が、まるで中學生のものの云ひ方でないことである。中學校の夢はまだある。私は學校をうまく早引して門の前に出る。そこは高等師範前だが、やつて來る電車がおかしい、「三田行」とか「札の辻行」とかである。私はよく自分の家が東京にある夢や、廣島と東京とが、まるで廣島巌島間位の距離になつてゐる夢をみる。
もう一つ變な夢がある、それは革命の夢である。革命が起つて人がわいわい騷いでゐる、するとそのうちに何か悶ちやくが起る。一人がピストルで私のすぐ側の友達を打殺す。私はその彈丸の光や、打つた男の目の凄みや、あはと手を擧げて倒れる友の樣子をまざまざと見る。友は殺されたのだと思ふと、それが非常に私を感動させるのである。そこで、私は人生の無常を殊に感じて何時までも何時までもその友の死をいたむでゐると目がさめる。
先日、ある友にこの話をしたら、彼もこれと全く同じ夢を見たと云つた。私も彼もこれには驚かされた。一体どう云ふ譯なのだらう。私にしろ彼にしろ平素革命なんて云ふことは考へてみない種類の人間だ。それだのに、こんな夢を見るとは、やはり社會的不安が自分の夢にまで影響し出(だ)したのではあるまいか。
[やぶちゃん注:二箇所の「ものの」と「ちやく」の太字は底本では傍点「ヽ」。「ぐずぐず」「わいわい」「まざまざ」「何時までも何時までも」の四ヶ所の後半は底本では踊り字「〱」。「あはと手を擧げて」の擬声語「あは」はママ。
「高等師範」広島高等師範学校。民喜は同校の附属中学校の出身である。
「札の辻」現在の港区三田と芝の間、山手線田町駅の西三百メートルの位置にある「札の辻」附近であろう。]

