チクシルス サクサクソ 原 民喜
チクシルス サクサクソ 原 民喜
梅雨三題
まだ半身は睡むつてゐるのに
朝はからきし梅雨晴れだ
いいお天氣になりました
ほんとにそれはさうである
○
雨を吸つて生きてゆく屋根
屋根は夜中の舌である
その昔はかはききつて
一滴 一滴と雨をのむ
○
雨のなかを歩きながら
大きな樹の梢を眺めた
茫と煙つて雨である
靑空がみたい
[やぶちゃん注:昭和三(一九二八)年六月発行の『霹靂』二巻に所収された。当時、民喜二十三歳。底本には「原 民喜」の署名はない。
三連構成の総標題「チクシルス サクサクソ」なる詩篇。「チクシルス サクサクソ」は不詳。識者の御教授を乞う。
底本は一九七八年青土社刊「原民喜全集 Ⅰ」の拾遺集を用いたが、戦前の創作なので、恣意的に漢字を正字化した。各篇の間(「○」の前後)は底本では行空きがないが、読み易さを考えて、一行、空けた。
本詩篇の第一連は、後の「かげろふ断章」の「断章」中で「六月」という題名で、完全な相同詩が載る。
第二連も、やはり「かげろふ断章」の「断章」中の「夜想」という二パートに分かれる詩篇の『⑵』として、ほぼ相同の詩が載る。
第三連のみ、民喜自身としては、自らの詩として残すに足るものとは思われなかったものであるらしい。]