和漢三才圖會卷第五十二 蟲部 螳蜋
螳蜋 拒斧 不過
蝕肬
タンラン 【和名以保無之利
俗云 加末木里】
本綱螳蜋驤首奮臂其両臂如斧當轍不避故得當郎之
名修頭大腹二手四足善縁而捷以鬚代鼻喜食人髮能
翳葉捕蟬能食人之疣今人病肬【小肉贅也】者往往捕此食之
其來有自矣故名蝕肬深秋乳子作房粘着枝上即螵蛸
也房長寸許大如拇指其内重重有隔房毎房有子如蛆
卵至芒種節後一齋出故月令有云仲夏蟷蜋生也
△按蟷蜋【以保無之利】肬摘【加末木利】髮剪之通音乎形似水蠆而
大青半身以下有翅兩手如鎌而有鋸齒常捕小蟲食
又有帶微赤色者小兒捕糝熱灰或鹽則苦出黒纎膓
如長褸以爲産子蓋非子小膓也而蟷蜋未死
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かまきり 蟷蜋〔(たふらう)〕 刀蜋〔(たふらう)〕
螳蜋 拒斧〔(きよふ)〕 不過〔(ふくわ)〕
蝕肬〔(しよくいう)〕
タンラン 【和名、以保無之利〔(いぼむしり)〕。俗に云ふ、「加末木里〔(かまきり)〕」。】
「本綱」、螳蜋、首を驤(はたら)かせ、臂〔(ひぢ)〕を奮〔(ふ)〕るひ、其の両の臂、斧のごとく、轍〔(わだち)〕に當りて、避(しりぞ)かず。故に當郎の名を得。修(かざ)れる頭、大きなる腹、二つの手、四つの足、善く縁(はう)て捷(はや)し。以て鬚を鼻に代〔(か)〕ふ。喜んで、人の髮を食ふ。能く葉(このは)に翳(かく)れて蟬を捕り、能く人の疣(いぼ)を食ふ。今の人、肬〔(いぼ)〕を病む【小〔さき〕肉贅〔(にくぜい)〕なり。】者、往往、此れを捕へて、之れに食はしむ。其の來ること、自〔(おのづか)ら〕よること有り。故に蝕肬と名づく。深秋に子を乳〔(う)み〕、房を作〔(な)〕す。枝の上に粘(ねば)り着く。即ち、螵蛸(ぢがふぐり)なり。房の長さ、寸許り。大いさ、拇指(をほゆび)のごとし。其の内、重重として隔房(へだて)有り。毎房、子、有りて、蛆の卵のごとし。芒種〔(ばうしゆ)〕の節後に至りて、一齋〔に〕出づ。故に「月令〔(がつりやう)〕」に云へること有り、『仲夏、蟷蜋、生ず。』と。
△按ずるに、蟷蜋は【以保無之利。】、肬摘(いぼむしり)【加末木利。】。髮剪(かみきり)の通音か。形ち、水蠆〔(すいたい)〕に似て大きく、青く、半身以下、翅、有りて、兩の手、鎌のごとくにして鋸齒有り。常に小蟲を捕へて食ふ。又、微赤色を帶びる者、有り。小兒、捕へて熱灰(ねつ〔ばひ〕〕或いは鹽を糝(まぶ)せば、則ち、苦しみて黒き纎膓〔(ほそわた)〕を出だす。長き褸(いとすぢ)のごとし。以て、子を産〔むと〕爲〔(な)す〕。蓋し、子に非ず、小膓なり。而も、蟷蜋、未だ死せず。
[やぶちゃん注:節足動物門昆虫綱カマキリ目 Mantodea のカマキリ類。現行の漢字表記は「螳螂」「蟷螂」が一般的。ウィキの「カマキリ」によれば、『名前の由来については、「鎌切」という表記があることからわかるように、「鎌で切る」から「鎌切り」となったという説と、「カマキリ」は、「鎌を持つキリギリス」の意味で、この「キリ」はヤブキリ、クサキリ、ササキリなどのキリギリスの仲間の名にふくまれる「キリ」と同じであるという説とがある』。『分類法によっては、ゴキブリやシロアリなどとともに網翅目(もうしもく、Dictyoptera)とすることもある(その際、カマキリ類はカマキリ亜目になる)。かつてはバッタやキリギリスなどと同じバッタ目(直翅目、Orthoptera)に分類する方法もあったが、現在ではこれらとはそれ程近縁でないとされている』。また、『カマキリに似たカマキリモドキという昆虫がいるが、アミメカゲロウ目(脈翅目)に属し、全く別の系統に分類される。またおなじくカマキリに似た前脚を持つミズカマキリもカメムシ目(半翅目)に属し、まったく別の系統である。これらは収斂進化の例とされている』とある。なお、昆虫の苦手な私は例外的に、カマキリが嫌いでない。弄ぶことも出来る(但し、大型個体のカマに挟まれるとかなり痛く、皮膚に穴が開いて出血する場合もあるので注意されたい。これは小学校時代の同級生の女の子がカマキリ好きでそれに感化された私の中の特異点である)。さればこそ、特異的にかのカマキリの交尾時の♀が♂を共食いするという話に就いては、教師時代の脱線の定番メニューであったし、ブログでも何度か詳述した。ここで繰り返さぬが、例えば、「生物學講話 丘淺次郎 第十七章 親子(7) 四 命を捨てる親」の『「かまきり」の雄が交尾したまゝで頭の方から雌に食はれる』の私の注を参照されたい。因みに、そこにはこの前、ここで注をした「蜜蜂の雄が女王の體と繋がつたまゝで氣絶して死ぬ」という残酷な話も注してあるので、未見の方は特にお読みあれかし。
・「蝕肬〔(しよくいう)〕」肬(いぼ:「疣」と同義。)を「蝕」(むしば)む・侵す・食うの意。
・「首を驤(はたら)かせ」この「驤」(音「ジョウ」)は馬が首を上げること、或いは上下させることを言うので、ここはカマキリが有意に高く首を擡(もた)げたり、或いは傾げたりするさまを指していて、美事である。
・「轍〔(わだち)〕」道に車のために出来たそれである。カマキリの大きさから見れば、それは驚くべき障壁であろうが、カマを揮って突き崩し、悠然と横切って行くと描写するのである。「故に當郎の名を得」とは、まさ(「当」)に相手が如何なる者であってあっても毅然として勇ましく相い対し(当)、真っ向からぶつかる(当)ような快男児、立派な「おとこ」(郎)に譬えたという謂いであろう。
・「修(かざ)れる」飾に同じい。
・「縁(はう)て」「縁」には「よる・たどる」「まつわる・からむ」「まとう・めぐらす」の意があるから、「這(は)ふ」(這う)の謂いとしてもおかしくはない。寧ろ、カマキリの独特の眩暈的動作は、この「縁」の微妙な動きはやはりすこぶるマッチしているとも言える。
・「喜んで、人の髮を食ふ」こうした習性は確認されていない。「かまきり」は、凡そ「鎌切」であって「髮切」ではあるまい。然しながら、この箇所は「本草綱目」に載るのである以上、日本語の短絡的な「かまきり」(鎌切)→「かみきり」(髪切)というおかしな転訛による伝承ではないので注意されたい(良安は安易に「通音」とか記しているが、「蟷蜋」「肬摘」「髮剪」は全然、発音が違う)。確かに、カマキリが長い美女の黒髪を秘かに切るのは、妖しくシュールで、美しくはある。
・「葉(このは)」「このは」は「葉」一字に対するルビ。
・「蟬」何故、蟬なのか? 蟬好きの私は少し哀しい。
・「肉贅〔(にくぜい)〕」「贅」には「疣」と同義がある。
・「其の來ること、自〔(おのづか)ら〕よること有り」カマキリの方が疣を持っている人のところに、自ずから近寄ってくることもある。
・「螵蛸(ぢがふぐり)」次に独立項あり。
・「寸許り」凡そ三センチメートル。
・「拇指(をほゆび)」親指。
・「芒種の節後」二十四節気の一つで、時間特定では現在では六月六日頃であるが、ここは「後」とあるので、次の節気である夏至(六月二十一日頃)の前日までの期間を指す。芒(のぎ :イネ科植物の果実を包む穎(えい:稲では籾殻にある棘状の突起)を持った栽培植物の種を蒔くことに由来するが、実際には現在の播種はこれよりも早くなった。
・「月令〔(がつりやう)〕」五経の一つである、「礼記(らいき)」の内の、年間行事を理念的に述べた「月令篇」。「げつりょう」と読んでも構わないようだが、私は昔からこうしか読んだことがない。
・「仲夏、蟷蜋、生ず」正確には、「小暑至、螳蜋生。鵙始鳴、反舌無聲。」(小暑、至りて、螳蜋、生ず。鵙、始めて鳴き、反舌、聲、無し。)。しかもこの「小暑」は夏至から十五日目の現在の七月七日頃(暑さが本格的になる始めとされた)で前の「芒種」との微妙なズレが私は気になる。「反舌、聲、無し」の「反舌」は不詳。「古今伝授」では鶯(うぐいす)とするが、当てにはならない。一説に百舌(もず)ともするが、だったら、鳴き出してすぐ鳴き止む、というのは如何にも解せない。「鵙」と「反舌」はどう見たって別な鳥だ。
・「水蠆〔(すいたい)〕」後で項立てされるが、太鼓虫(たいこむし)でトンボの幼虫であるヤゴを指す。
・「小兒、捕へて熱灰(ねつ〔ばひ〕〕或いは鹽を糝(まぶ)せば、則ち、苦しみて黒き纎膓〔(ほそわた)〕を出だす。長き褸(いとすぢ)のごとし。以て、子を産〔むと〕爲〔(な)す〕。蓋し、子に非ず、小膓なり。而も、蟷蜋、未だ死せず」これは面白い! これは明らかに脱皮動物上門類線形動物門線形虫(ハリガネムシ)綱
Gordioidea に属する、寄生虫であるからである。特にカマキリに高い頻度で寄生しており(私が以前に読んだものでは七割以上とあったと記憶する)、その中でも、関東以南に分布し、普通に見かけるカマキリ目カマキリ科カマキリ亜科 Paramantini 族ハラビロカマキリ属ハラビロカマキリ Hierodula patellifera に好んで寄生するようである。参照したウィキの「ハリガネムシ」によれば、『ミミズや線虫などと違って体に伸縮性がなく、のたうち回るような特徴的な動き方をする。体は左右対称で、種類によっては体長』数センチメートルから一メートルにもに達するが、直径は一~三ミリメートルと、頗る『細長い。内部には袋状の体腔がある。表面はクチクラで覆われていて体節はない。また、クチクラで覆われているため乾燥すると針金のように硬くなることからこの名がついた』。『カマキリ(主にハラビロカマキリに寄生)やバッタ、カマドウマ、ゴミムシ、コオロギ等といった昆虫類の寄生虫として知られている。地方によっては「ゼンマイ」とも呼ばれる。アメリカでは馬を洗う水桶の中から発見されたことからhorsehair
wormという俗称がある』(かなり知られた化生説でハリガネムシは馬の毛が水に触れて生ずるとされたのである)。寿命は約二〜三年と『言われているが、いつ生まれて、どのように育つか未解明なところがある』。『世界中で記載されているのは』三百二十六種(二〇一四年時点)『であるが、実際には』二千種以上『いるといわれている。日本では』十四種(二〇一四年時点)『が記載されている』。『ジャガイモや大根などの害虫として知られている「ハリガネムシ」は本種ではなく、コメツキムシの仲間のマルクビクシコメツキ、クロクシコメツキ、クシコメツキ、トビイロムナボソコメツキ、コガネコメツキ等の幼虫である』。『水生生物であるが、生活史の一部を昆虫類に寄生して過ごす』。『雄と雌が水の中でどのように相手を捜し当てるかは不明だが、雄と雌が出会うと巻き付き合い、オスは二叉になった先端の内側にある孔から精泡(精子の詰まった囊)を出し、メスも先端を開いて精泡を吸い込み受精させる』。『メスは糸くずのような卵塊(受精卵の塊)を大量に生む』。一~二ヶ月『かけて卵から孵化した幼生は川底で蠢き、濾過摂食者の水生昆虫が取り込む。幼生は身体の先端に付いたノコギリで腸管の中を進み、腹の中で「シスト」の状態になる。「シスト」は自分で殻を作って休眠した状態であり』、摂氏マイナス三十度の『冷凍下でも死なない』。『水生昆虫のうち、カゲロウやユスリカなどの昆虫が羽化して陸に飛び、カマキリやカマドウマなどの陸上生物に捕食されると寄生し』、二〜三ヶ月の『間に腹の中で成長する』。『また、寄生された昆虫は生殖機能を失う。成虫になったハリガネムシは宿主の脳にある種のタンパク質を注入し、宿主を操作して水に飛び込ませ、宿主の尻から出る』。『池や沼、流れの緩やかな川などの水中で自由生活し、交尾・産卵を行う』。『寄生生物より外に出る前に宿主が魚やカエルなどの捕食者に食べられた場合、捕食者のお腹の中で死んでしまう』『が、捕食者の外に出ることができるケースもある』『カワゲラをはじめとする水生昆虫類から幼生および成体が見つかることがある。また、昆虫だけではなくイワナなどの魚の内臓に寄生する場合もある』。『ヒトへの寄生例が数十例あるようだが、いずれも偶発的事象と見られている。ハリガネムシを手に乗せると、爪の間から体内に潜り込むと言われることがあるが、全くの俗説で、成虫があらためて寄生生活にはいることはない』とある。因みに私は、死んだカマキリの死体から逃げ出る異様に長い奴(きゃつ)を目撃したことがある。私は奴を憎んだ。それは生理的に気味が悪かったからでは、ない。寄生種が死すれば、すたこら、逃げ出すその姿に、非論理的に、無性に腹が立ったからである。]


