和漢三才圖會卷第五十二 蟲部 樗雞
樗雞 灰花䖸
ハアヽ キイ
本綱樗雞生樗樹上樗即臭椿也初生頭方而扁尖喙向
下六足重翼黒色及長則能飛外翼灰黃有斑點内翅五
色相間其居樹上布置成行秋深生子在樗皮上其鳴以
時故得鷄名以五色具者爲雄入藥【苦有小毒不可近目】主治益精
強志生子補中其青黒質白斑者是爲雌不可入藥
*
うちすずめ 紅娘子〔(こうじやうし)〕
樗雞 灰花䖸〔(くわいくわが)〕
ハアヽ キイ
「本綱」、樗雞は樗樹〔(ちよじゆ)〕の上に生ず。樗、即ち、臭椿(いらざんしやう)なり。初生は、頭、方にして扁なり。尖りたる喙〔(くちばし)〕、下に向き、六足。重なる翼さ、黒色なり。長ずるに及び、則ち、能く飛ぶ。外の翼は灰黃にして、斑點有り。内の翅は五色相ひ間(まじ)はる。其れ、樹の上に居り、布置して行〔(かう)〕を成す。秋、深くして、子を生ず。樗皮の上に在り。其の鳴くこと、時を以てす。故に「鷄」の名を得たり。五色を具ふる者も以て雄と爲し、藥に入る【苦く、小毒、有り。目に近づくべからず。】。主治、精を益し、志を強くし、子を生ず。中を補す。其の青黒の質〔にして〕白斑なる者、是れ、雌と爲す。藥に入るべからず。
[やぶちゃん注:異様な生物が登場した。本文もさることながら、挿絵から、周囲の樹木部分を可能な限り、除去したものを以下に示すので、よく見て戴きたい。頭部は「雞」(=鶏)とあるくらいだから明らかに鳥そのもの(!)で私には土鳩に酷似して見えるのであるが、羽根は明らかに昆虫類の翅(!)であって、足も本文にある通り、昆虫類の脚で三対六本と見える(!)が、こんなトンデモ生物は、到底、いない!
「樗雞」(樗鶏)で調べると、出るわ! 出るわ! 漢方サイトにはまず、
「テントウムシ」
と出て、腹の邪気を去り、精力増進・精神を強くする、とある。この処方は本主治と一致はする。また別な薬用植物サイトでは、先に出た「五倍子(ふし)」の一種である、ムクロジ目ウルシ科ヌルデ属ヌルデ変種ヌルデ Rhus javanica var. chinensis に生じる虫癭の生薬漢名のようにも書かれ、さらにはとある本邦の漢詩サイトでは「樗雞(きりぎりす)」とルビが振られていたりする。が、どうも、どれも本記載の生物とはまるでマッチしない。「想像上の生物なんだから、記載を信じるお前が馬鹿だ」などと言われるかも知れぬが、そんなことを言ったら、本草学の博物学的生物学的研究を根底から否定することになり、この世界がまた私には極小になってしまって、ますます人生がつまらなくなるのである。
しかし――否――されども――ここに、一つの有力な実在する候補生物種を私は挙げられるのである。
それは別名で最初に挙げられた「紅娘子」である。これは既に前の「蚝(いらむし)」(毛虫)の項の注で示した通り、「図経本草」などに載る漢方の古い生薬名で、
半翅(カメムシ)目頸吻亜目セミ型下目セミ上科セミ科チッチゼミ亜科 Huechys 属ハグロゼミHuechys
sanguineaの乾燥全虫
を指す。この蟬はまた、本文に有毒とするのと合致するように、体内にカンタリジン(cantharidin:発泡薬であるが劇薬)を含むことから現在も薬用蟬(medical
cicada)として知られている。しかも、蟬なんだから、「鳴く」というのも納得出来る。しかもこの種はかなり目立つ赤と黒の典型的な警戒色を有し(本文の、翅が五色、という表現と私は通ずるように思われる。同ラテン語学名で海外の画像を検索縦覧すると、本体の大部分は鮮やかな紅色であるが、個体によっては翅は黒だけではなく、黄色がかったグラーデションがかかっているものも多く、その翅脈はまさに――灰色がかった黄色で斑点――と表現出来るのである)、検索すると、本種は成体を捕捉する際にも皮膚を刺激する毒液(カンタリジンそのものかどうかは不明)を体表から分泌するため、採取時には手袋やマスクをつけるとあるから、本文の目に近づけてはならないというのとも一致するのである。にしてもこの「鳥」の頭は分らん! ただ、同種の成体の画像を見ると、強烈な赤がニワトリの鶏冠の色を連想させるようには私は感じる。問題は大きさは普通の蟬大で、そんなにデカくないことである(一部記載では相対的に「小さい」とまである。これは、マズい)。
しかしだ! 実は今一つ、候補があるのである!
異名に「灰花䖸」とあるではないか!
「䖸」=「蛾」だ!
しかも和名を見よ!
「うちすずめ」だ!
昆虫嫌いの私でも、こりゃ、どこかで聴いたことがある蛾の名前だぞ!?!……おッタぞぅッツ!!!
鱗翅目スズメガ科ウチスズメ亜科
Smerinthus 属ウチスズメ Smerinthus planus planus
だ! スズメガ科 Sphingidae の類は蛾の中でも比較的大型で、同科はウチスズメ亜科 Smerinthinae・スズメガ亜科 Sphinginae・ホウジャク亜科 Macroglossinae に分かれるが、ウィキの「スズメガ科」によれば、その中でもまさに、このウチスズメ亜科の本邦種であるモモスズメ
Marumba gaschkewitschii echephron(日本全土に分布)の翅開長は七~九センチメートル、成虫は五~八月に発生し、『全体に赤みがかった褐色を帯びる。後翅は紅色である。幼虫は主にバラ科の果樹に付く』とあり、日本最大のスズメガとされる、オオシモフリスズメ Langia zenzeroides nawai (長野県以南に分布)に至っては、翅開長は実に十四~十六センチメートルにも達し、成虫の出現期間は早く、三月下旬から四月。『発生時期が短い為、発見は容易ではない。成虫は全体に灰色を帯びており、夜間活動する。幼虫はサクラ、ウメ、モモなどバラ科の果樹に付く』とある(下線はやぶちゃん。以下、同じ)。ウィキには記載がないが、諸地方の大学や博物館の標本や成体画像に、現に飛来した種として「ウチスズメ Smerinthus planus planus」を挙げてあることから見ると、本邦にも本種は棲息しているものと思われる。画像検索で「Smerinthus planus planus」を見ると、その胴の異様な太さと大きな翅及び後翅左右にある巨大な赤いアイ・ラインを施したような妖しい目玉模様などを見るに、これは「大きな蛾」ではなく「ちょっと小さな鳥」のようには確かに見えるのである。「灰花䖸」というのも色調からはすこぶるピンとくるネーミングだ! しかも薬となるかどうか以前に、食用となるのである。前の引いたウィキの「スズメガ科」の「利用」の項には、『その広範な食草の種類と、旺盛な食欲から一般にスズメガは害虫として認知されているが、それと共に非常に利用価値の高い昆虫としても注目されている』。『欧米ではその大きさと繁殖力の強さから、タバコスズメやトマトスズメの幼虫が実験用として大量に飼育されている。日本でも人工飼料を用いたエビガラスズメの養殖が行われており、遺伝などの実験に利用されている』。『また、エビガラスズメの幼虫は非常に栄養価に富み、将来の食糧として注目される他、実際に家畜の飼料としても利用されている。海外には伝統的にスズメガをはじめとする鱗翅目の幼虫を重要な蛋白源とする地域が多く存在する。例えば、中国では、トビイロスズメを「大豆蛾」と呼び、江蘇省などで食用に養殖され、販売されている』。『そのまま炒めたり、焼いたりしても食べられるが、中国では生で筋肉をすりつぶし、肉団子も作られる。トビイロスズメの場合、栄養素としては』約六十五%が『タンパク質で、バリン、メチオニン、フェニルアラニン、チロシンなどのアミノ酸を多く含む。また、』約二十五%が『脂肪分で、リノレン酸を多く含む』。また、『成虫はミツバチと同じく花から花へと飛び回るので、植物の受粉に大きく貢献している』ともあるのである(但し、本文いあるように毒があるとは書いてない)。ただ、彼らは無論――鳴かない!――されば、残念ながら、この叙述とは致命的にマッチしないのである。しかし高い確率で「灰花䖸」については、このウチスズメと同一種か近縁種と見てよいと私は思う。
されば、結論を申し上げると、
「樗雞」とは半翅(カメムシ)目頸吻亜目セミ型下目セミ上科セミ科チッチゼミ亜科 Huechys 属ハグロゼミHuechys
sanguinea
を原体生物種として指している可能性が高い、と私は判断するものである。但し、良安の中では、それに蛾のウチスズメ Smerinthus planus planus が自然、オーバー・ラップし、それにニワトリの頭がくっ付いて――鳥と蟬と蛾がハイブリッドになった面妖な奇体生物――が自然、出来上がっているように思われる。そうでも考えない限り、挿絵の説明が出来ぬと私は思うのである。
・「樗樹〔(ちよじゆ)〕」これも実に「ややこしや」系さの最たる植物名の一種で、一つは、
ムクロジ目センダン科センダン属センダン(栴檀)Melia
azedarach
の古名の楝(おうち)を「樗」とも書く。また、
ムクロジ目ウルシ科ヌルデ属ヌルデ変種ヌルデ(白膠木) Rhus javanica var. chinensis
にもこの字を当て、さらに、
クロッソソマ目 Crossosomatalesミツバウツギ科ゴンズイ属ゴンズイ(権萃)Euscaphis
japonica
にも誤ってこの字を当てて(しかし「権萃」も当て字)通用してしまっており(私は長くこの「樗」を「ごんずい」と読み続けてきた)、さらにまた、
ムクロジ目ミカン科サンショウ属カラスザンショウ(烏山椒) Zanthoxylum ailanthoides
にもこの字を当ててしまった。但し、ここでは本種をはっきりと「臭椿(いらざんしやう)」のことだ、とするので、これは以上の孰れでもなくて、同じムクロジ目 Sapindales ではある、
ムクロジ目ニガキ(苦木)科ニワウルシ属ニワウルシ Ailanthus altissima
のことを指すことが判る(中文サイトで「臭椿」を検索されたい。私の謂いが正しいことがお分かり戴ける)。ウィキの「ニワウルシ」によれば、ムクロジ目ウルシ科ウルシ属ウルシ Toxicodendron vernicifluum(ウルシ科Anacardiaceae)とは『全くの別種。ウルシのようにかぶれる心配はない』とあり、『原産は中国北中部。日本には明治初期に渡来した』。樹高は十~二十メートルにも達し、『葉は大型の羽状複葉を互生する。雌雄異株で、夏に緑白色の小花を多数円錐状につける。果実は秋に熟し、披針形で中央に種子がある』。ヤママユガ科シンジュサン属シンジュサン Samia cynthia pryeri(朝鮮半島・中国・日本に分布する、開張すると十一~十四センチメートルにも達する大型の蛾。翅の色は褐色で、全ての翅に各一つずつの三日月紋を有する)の『食樹としても知られる』。『近年では道端などに広く野生化しており、日本同様に導入されたアメリカなどでは問題化している』。『生長が早く、庭木、街路樹、器具材などに用いられ』、『中国では根皮や樹皮を樗白皮(ちょはくひ)の名で解熱・止瀉・止血・駆虫などに用いる』とある。科は異なるが、大型の蛾の摂餌対象であるというのは、候補ナンバー2のスズメガ科ウチスズメ亜科
Smerinthus 属ウチスズメ Smerinthus planus planus のよき応援記載とはなる。
・「頭、方にして扁なり」(若い成体では)頭部が角ばっていて平たい。
・「布置して行〔(かう)〕を成す」東洋文庫版現代語訳では、『樹の上におり一面に押し並んで動きまわる』と訳されてある。
・「其の鳴くこと、時を以てす」その鳴くこと、その発声は、まさに常に我々の時刻定刻と一致している、というのである。「雞」と名ずける以上、ここは早朝の定刻と採るべきであろう。蟬であれば、明らかに一定温度に上ってくると鳴くが、極めて定常的に気温が日々上がってゆく場合などのヒグラシ(私の偏愛する蟬声(ぜんせい))のそれは、私の永年の観察では頗る定時的定常的に鳴蟬(めいぜん)することを保証出来る。
・「五色を具ふる者も以て雄と爲し」「其の青黒の質〔にして〕白斑なる者、是れ、雌と爲す」ハグロゼミHuechys
sanguineaの♀♂の外観の違いを調べてはみたが、海外サイトでもそれを紹介してあるものを識読出来なかった。違っていてこの通りだと、ますます「樗雞」=ハグロゼミ説が堅固になるのだが。蟬の専門方の御教授を、是非とも乞うものである。
・「志を強くし」覚醒時意識や精神状態を明瞭に安定させ。
・「中を補す」「中」は漢方で「脾胃(ひい)」を指す「脾胃」は現代西洋医学に於ける特定の実在する臓器を指すのではなく、東洋医学に於ける「消化吸収に関わる人体機能の全般」を総称する語であるから、ここは現代風に言うなら、胃腸を丈夫にする、といった謂いとなる。]


