和漢三才圖會卷第五十二 蟲部 壁錢
壁錢
【比良太久毛】
ピツ ツヱン
本綱似蜘蛛形扁班色八足長作白幕如錢貼墻壁間亦
時蛻殼其膜色光白如繭咬人有毒至死惟以桑柴灰煎
取汁調白礬末傅之妙
此窠止金瘡諸瘡出血不止及瘡口不斂者頻貼之
△按此窠幕圓白而恰似灸葢紙輙貼灸瘡不癒者良
*
ひらたぐも 壁鏡
壁錢
【比良太久毛。】
ピツ ツヱン
「本綱」、蜘蛛に似て、形、扁〔く〕、班〔(まだら)〕色。八足ありて長し。白き幕を作〔(な)〕すこと、錢のごとく、墻壁の間に貼る。亦、時に、殼を蛻(ぬ)ぐ。其の膜、色、光白にして繭のごとし。人を咬めば、毒、有りて死に至る。惟だ、桑柴灰〔(さいさいばひ)〕を以て煎じて汁を取り、白礬の末を調へて之れに傅〔(つ)〕く、妙なり。
此の窠、金瘡〔(かなさう)〕・諸瘡の血を出〔(いだ)して〕止まざるを止む。及び瘡の口、斂〔(をさ)〕まらざる者を、頻りに之れを貼ず。
△按ずるに、此の窠幕〔(そうばく)〕、圓白にして、恰かも灸の葢(ふた)紙に似たり。輙〔(すなは)〕ち、灸瘡〔の〕癒へざる者に貼じて、良し。
[やぶちゃん注:これは、
クモ目ヒラタグモ科ヒラタグモ属ヒラタグモ(平蜘蛛) Uroctea compactilis
或いは同科又は同属及びその近縁種と見てよかろう。ウィキの「ヒラタグモ」によれば、和『名の通り偏平なクモである。人家の壁面などに巣を作っているのを見かける。腹部にはっきりとした黒い斑紋があり、また、特徴的な巣を作るので見分けやすい。人家に生息することが多く、身近なクモでもある。巣は広い壁の真ん中にもあることが多いからよく目立つ。ただし、本体は常に巣にこもっていて出歩くことは少ない』。『頭胸部は卵形で偏平、八個の眼は先端近くの背面に集まる。足はほぼ中程度だが、第一・第二脚が前へ伸びながら先端がやや外向けに開く。頭胸部と足はほぼ黄褐色』。『腹部は後ろが尖ったホームベース型っぽい形で、やはり偏平。外縁は黒く、内側は真っ白で、その中央に大きな黒い斑紋がある。斑紋には個体差があり、まれに腹部に斑紋を全くもたない個体もある』。体長は八~一〇ミリメートルで、『形は雌雄ほぼ同じだが、やや雄の方がきゃしゃにできている』。『ヒラタグモの巣はテント型と言われることもあ』り、『巣は雨のあまり当たらない平らな広い面の上に作られる。外見はほぼ円形で中央が少し盛り上がる。輪郭は多数の突起を出していて、粗い歯車の形。この突起からは糸が出ていて、周囲の表面に張り付いている。また、巣の表面は、周囲のゴミ等をその表面につけて、周囲の色と紛らわしくなっている』。『巣その物は糸を重ねて作られた膜からなる。このような膜が上下に二枚重なったものが巣の本体であり、クモはその二枚の隙間に入っている。ヒラタグモの扁平な体はこのような巣に身を隠すのに都合がよい。上面の膜をはがすと、底面の膜の上にクモがいるのを見ることができる。クモは二枚の膜の隙間から出入りする』。『巣の外側の所々から壁面に糸が伸びる。この張られた糸は、ややジグザグになりながら巣から放射状に広がり、その面に張り付いたようになっている。この糸を受信糸と言い、これに昆虫等が引っ掛かると、振動が巣にいるクモに伝わることで、クモはえさの接近を知ることができる。えさが近づくとクモは巣から飛び出し、えさに食いついて巣に持ち込むか、えさの周囲をぐるぐる回りながら糸をかけ、動きを封じた後に噛み付いて巣に持ち込む』。『産卵は春から秋に散発的に行われる。卵は巣の中に柔らかな糸でくるんだ卵塊として生み付けられる』。『人家に見られることが多い。特に古い家屋でよく見られ、土壁に広く受信糸を張り広げるのを見かけることがよくある』。『野外では、あまり雨のあたらないようになった岩壁などに見かける』。『外見的にはっきりした特徴があり、日本では他に間違えそうなものはない。ただし、チリグモ』(クモ目チリグモ科 Oecobiidae の仲間か、或いはチリグモ属チリグモOecobius
annulipes)『はその姿、網の張り方が共に非常に似ている。しかし大きさがはるかに小さく、成体でも』三ミリメートルほどしかなく、『目だった斑紋もなく、全身が灰色をしている』。『なお、この両者はヒラタグモが篩板』(しばん:クモ目の持つ糸を出す器官の一つで、板状のものである。篩板から出す糸を梳糸(そし)と称し、篩板を持つクモ類は他にも共通する構造を有する)『を持たず、チリグモは持っているため、かつては系統的には離れており、類似性は他人のそら似(収斂進化)だとする判断から別個の科とされていた。しかし篩板の意味の見直しのため、同一系統として両者をチリグモ科に含めることが多くなっている。しかし』、研究者の中には『やはり篩板の存在はそれなりに大きいとして、ヒラタグモ科を認めており、その扱いは確定していない』とある。
・「壁鏡」「壁錢」孰れも本種の巣を見知っていると、言い得て妙と感ずる。
・「人を咬めば、毒、有りて死に至る」何時も乍らにくどいが、誤り。
・「桑柴灰」東洋文庫版現代語訳に『桑の木を焼いた灰』と割注する。
・「白礬」東洋文庫版現代語訳には『みょうばん』とルビする。明礬は一般には硫酸カリウムアルミニウム十二水和物である AlK(SO4)2・12H2O を示す場合が多い。
・「傅〔(つ)〕く」貼り付ける。
・「瘡の口、斂〔(をさ)〕まらざる者」瘡蓋が治癒せずに何度も壊れて塞がらない症状。
・「頻りに之れを貼ず」これをこまめに張り付ける(と効果がある)。
・「窠幕〔(そうばく)〕」幕状に張り巡らされた巣。
・「圓白」丸く白くいこと。
・「灸の葢(ふた)紙」現行のお灸では、直接に灸を据えると、大きな痕(あと)が残ることから、皮膚の上に「灸点紙」なるものを貼って施灸するようである。これがそれと同じものを指すのかどうかは不明であるが、一応、参考までに記しておく。]
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