死と愛と孤獨 原民喜 (自筆原稿復元版)
[やぶちゃん注:広島市立中央図書館の「原民喜の世界」の「画像ギャラリー」の自筆原稿を視認した。原稿用紙は左下欄外に『東京 文房堂製』とある、二〇×二〇=四〇〇字詰。標題と署名は右欄外に書かれてある。正字か新字かの判断に迷ったものは正字を選んだ(混用されている)。
第二段落第一文中の「祈願に」は「祈願が」と書いた「が」を抹消して、「に」と訂してある。
現行通行本文とは以下の異同(踊り字は含まない)が見られる。「◎」は有意な異同を示す。
・第二段落第二文中の「この身が」→(現行)「この私が」《これは、自筆原稿の方が私はよいと判断する。》
・同「堪へ得たのも一つには」→(現行)「堪へ得たのも、一つには」
・第二段落第三文中の「狂乱怒濤」→(現行)「狂瀾怒濤」《これは現行が正しい。》
・同「打寄せ今にも」→(現行)「打寄せ、今にも」
◎第二段落『「火の踵」「災厄の日」などで私はこのことを扱つた。まさに私にとつて、この地上に生きてゆくことは、各瞬間が底知れぬ戰慄に満ち満ちてゐるやうだ。』→(現行)ではここは「火の踵」「災厄の日」などで私はこのことを扱つた。」で改行され、「まさに私にとつて、この地上に生きてゆくことは、各瞬間が底知れぬ戦慄に満ち満ちてゐるやうだ。」は第三段の冒頭となる《改行があった方がよい。》
・第二段落「人間の一人一人に課せられてゐるぎりぎりの苦悩―さういつたものが今は烈しく私のなかで疼く」→(現行)ではダッシュは「――」(二字分)で、「さういつたものが、今は烈しく私のなかで疼く」と、中に読点が挿入
・第三段落第一文中の「幼年時代のことを」→(現行)「幼年時代の追憶を」
・第三段落第二文冒頭「その頃、」(この読点は自筆原稿では禁則処理されずに、冒頭の一マスに打たれてある。他の箇所でも同様である)→(現行)読点なし
◎同文中の「その貧しい作品を何よりも熱愛してくれる妻がゐた。」→(現行)「まるで狂氣の如く熱愛してくれた妻がゐた。」《改稿はオーバー・アクトで却って読者は引く。自筆原稿の方がよい。》
◎「自我像に添へる言葉」→(現行)「自我像に題する言葉」《自筆原稿の方がよい。》
・最終段落の「死と愛の孤獨」は自筆原稿では三字下げ→(現行)二字下げ
◎最終部分「恐らくこの三つの言葉になるだらう。十数年も着古した薄いオーバーのポケツトに兩手を突込んで、九段の濠に添ふ夕暮の路を私はひとり、とぼとぼ歩いてゐる。」→(現行)「恐らくこの三つの言葉になるだらう。……十数年も着古した薄いオーバーのポケツトに兩手を突込んで、九段の濠に添ふ夕暮の路を私はひとりとぼとぼ歩いてゐる。」六点リーダが附加され、「ひとり、とぼとぼ」の中の読点を除去《リーダの有無はイメージの想起性に著しく影響するので、あった方がよいが、読点の方は逆にあった方がよい。》]
死と愛と孤獨 原 民喜
原子爆彈の慘劇のなかに生き殘つた私は、その時から私も、私の文學も、何ものかに激しく彈き出された。この眼で視た生生しい光景こそは死んでも描きとめておきたかつた。「夏の花」「廢墟から」など一聯の作品で私はあの稀有の體驗を記錄した。
たしかに私は死の叫喚と混乱のなかから、新しい人間への祈願に燃えた。薄弱なこの身が物凄い饉餓と窮乏に堪へ得たのも一つにはこのためであつただらう。だが、戰後の狂乱怒濤は轟轟とこの身に打寄せ、今にも私を粉碎しようとする。「火の踵」「災厄の日」などで私はこのことを扱つた。まさに私にとつて、この地上に生きてゆくことは、各瞬間が底知れぬ戰慄に満ち満ちてゐるやうだ。それから、日毎人間の心のなかで行はれる慘劇、人間の一人一人に課せられてゐるぎりぎりの苦悩―さういつたものが今は烈しく私のなかで疼く。それらによく耐へ、それらを描いてゆくことが私にできるであらうか。
嘗て私は死と夢の念想にとらはれ幻想風な作品や幼年時代のことを描いてゐた。その頃、私の書くものは殆ど誰からも顧みられなかつたのだが、ただ一人、その貧しい作品を何よりも熱愛しえくれる妻がゐた。その後私は妻と死別れると、やがて廣島の慘劇に遭つた。うちつづく悲慘のなかで私と私の文學を支へてゐてくれたのは、あの妻の記憶であつたかもしれない。そのことも私は「忘れがたみ」として一册は書き殘したい。
そして私の文學が今後どのやうに變貌してゆくにしろ、私の自我像に添へる言葉は、
死と愛と孤獨
恐らくこの三つの言葉になるだらう。十数年も着古した薄いオーバーのポケツトに兩手を突込んで、九段の濠に添ふ夕暮の路を私はひとり、とぼとぼ歩いてゐる。

