原民喜「雜音帳」(自筆原稿復元版) 掌
掌
赤いコートを着た若い女が兩掌に荷を持つて、乘込んで來ると、隣にゐた老婆が立上つて、「おかけなさい」と席を讓つた。「結構で御座います」と女は細い聲で云ふ。「この次の驛で降りますから」と老婆が云つても、「それならその次の驛でかけさせて頂きませう」と女はなほ叮嚀に辭退してゐる。そのうちに私の前の釣革にゐた男が、空いてゐる席にさつさと坐り込んでしまつた。すると、若い女は片方の掌で風呂敷の端と買物籠の柄を握り、片方の手で席を塞いだ男の前の釣革に靠れた。次の驛で老婆は降りてしまつた。が、席は一向空かうとはしない。電車は又次の驛へ、それから又次の驛へ、混み合つた儘進むのだ。いつとはなしに私はその二つの荷物を提げて立つてゐる女の掌に注意しだした。コートの袖から出てゐるのは、あまり太い手首でもなく、二つの荷を摑んだ掌の指も細つそりしてゐる。顏の方は見ないからわからなかつたが、この掌の表情では體もあまり逞しい方でもなささうだ。何となしに細つそりして、それでゐて、一すぢの氣力を潛めてゐさうな姿を聯想さすのであつたが、とかく、さういふ女は外部から揉みくちやにされてしまふのではあるまいか。私は妻がまだ病氣しない以前、よく混み合ふ電車で苦しめられたことなど思ひ浮べてゐた。その女の掌に注意しだして十五分も經つたであらうか、ふと見ると、今迄じつとしてゐた女の措が少し苦しげに動き出した。さうだ、肩がだんだん凝りだしたのだ、この女は明日は疼く肩のために不機嫌になるにちがひない。指はしつかりと紐にかかつてゐるが、じりじりと紐と指の觸れ合ふ位置がずれてゆき、脂汗の滲みだしたその指は、今何かをひどく怨んでゐるやうな恰好であつた。
[やぶちゃん注:青土社版全集には最後の『(昭和十九年)』のクレジットがない。青土社版全集年譜によれば、昭和一九(一九四四)年は民喜三十九歳、四月に船橋中学校英語教師の職を辞している。『四月、この年一月より同居中の義弟、佐々木基一氏』(後の文芸評論家で貞恵の実弟。本名は永井善次郎(大正三(一九一四)年~平成五(一九九三)年)。民喜より九歳年下)『が、治安維持法違反の容疑で警視庁に逮捕され、そのため貞恵の病状が悪化する。夏頃より朝日映画社嘱託となる』が、九月に妻貞恵が糖尿病と結核のために死去している。本篇の五つ後の「にほひ」に貞恵が登場するので、時系列を違えずに民喜が記しているとすれば(彼の性格から考えるとそれを守っている可能性がすこぶる高いと私は思う)、本篇は貞恵の死よりも前、コートを着ているところからは、年初か梅雨時であろうか。因みに次の「ビール」は明らかに夏(「暑くはあるし」とある)で、次の次の「牛乳」には「遠い空に秋の色の見える」とある。
「靠れた」「もたれた」。]

