忘れがたみ 原民喜 (恣意的正字化版) 附やぶちゃん注 「ある朝」
ある朝
庭の酸漿が赤く色づき、葉が蝕まれたまま、すがれてゆく頃、私は旅に出て、山の宿でさびしい鳥の啼聲を聽いた。夜のあけがた、何か訴へるやうな、かすかな、せつなげな聲が夢うつつに私の耳に入り、それがいつまでも魂にこびりついた。
その頃、妻はよくものごとに苛立つてゐた。見慣れた顏ながらときにひどく濃艷であつたり、どうかすると透き徹つたやうな謎の顏つきをしてゐた。眼球が大きくなり、ギラギラ燃えてゐた。
ある朝(それは昭和十四年九月十日のことであつた)私はまだ床にいて、よく目も覺めきらなかつたが、とくに起出してごそごそやつてゐる妻のけはひを隣室に感じてゐるうち、ふと、かすかな、せつなげな、絶え入るばかりの咳の聲を聞いた。私は寢卷のまま飛出して隣室に行つてみた。妻はぐつたりとして、かすかに笑顏をした。それはたつた今生じたことを容易に信じかねるやうな、稍うはずつて美しい顏であつた。だがこれが我々の身の上を訪れた最初の霹靂であつた。
[やぶちゃん注:貞恵の最初の喀血を描く。底本年譜も昭和一四(一九三九)年九月の条に貞恵の発病を記す。初段の旅は恐らく、その前年の昭和一三(一九三八)年の夏、箱根へ数日の遠出をした経験を指すものかと思われる(この年の春にも京都周辺を単独で旅しているが、「酸漿」(ほおづき)が色づくのは六~七月であるから時期が合わない)。同年譜にはこの二つの旅行について、『いずれも、小説のための取材旅行というべき歩行とみられる』とある。]
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