忘れがたみ 原民喜 (恣意的正字化版) 附やぶちゃん注 「日和下駄」
日和下駄
もう五年も前のことになるが、弟の入營を郷里まで見送りその歸りに日和下駄を一足買つて戾つた。輕い桐の臺の、赤い緒の、値段も廉いものであつたが、どこか、がつちりとした恰好が好もしく、氣輕に足を載せてみたくなるやうな品であつた。病床の妻はそれがよほど氣に入つたらしく、氣分のいい時など疊の上で履いてみたりしたが、早くその齒をぢかに黑土に觸れる日を待ち望むやうに、そつと履物を勞はつては仕舞込んで置くのであつた。
けれども下駄の履ける日はなかなかやつて來なかつた。重態になつてからも、妻はよくその下駄を枕頭に持つて來て見せてくれと云つた。緒の色も今は少し派手であつた。が、矢張その下駄をきりつと履きしめて歩ける日を夢みてゐたやうだ。
天氣のいい日など、私は今もあの下駄を履いて身輕に歩き廻る姿を思ひ浮かべ、その足音を耳の底に聽きとらうとするのである。
[やぶちゃん注:「日和下駄」老婆心乍ら、「ひよりげた」と読む。歯の低い、差し歯式の下駄。呼称は濡れたり、汚れたりする虞れのない晴天の日に主に履くことによる。
「五年も前のこと」昭和二〇(一九四五)年初から五年前とすると、昭和一五(一九四〇)年かその前年。
「弟の入營」大正五(一九一六)年生まれの民喜の弟で七男の敏(民喜より十一年下)。六男の六郎は夭折している。]
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