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2016/05/05

和漢三才圖會卷第五十二 蟲部 蛭

Hiru

ひる    蚑【蜞虮並同】 至掌

【音質】  【和名比流】

      馬蛭      馬鼈

       【長大者】

チツ    馬蟥【腹黄者】

 

本綱蛭在水中者名水蛭在草土者名草蛭狀似蚓扁能

咂牛馬人血

水蛭 生河池【鹹苦平有毒】入藥取水中小者用之治折傷疼

 痛【焙爲細末酒服二錢】食頃作痛可更一服痛止

 治赤白丹腫癰初起者以竹筒盛蛭合之令病處血

 滿自脱

草蛭 在深山草中人行即着脛股不覺入於肉中産育

 爲害南方有水蛭似鼻涕聞人氣閃閃而動就人體成

 瘡惟以麝香硃砂塗之即愈此即草蛭也

別有石蛭生石上泥蛭生泥中其二蛭頭尖腰粗色赤誤

 食之令人眼中如生烟漸致枯損

 昔有人途行飮水及食水菜誤呑蛭入腹生子爲害噉

 臟血腸痛黃瘠者惟以路泥或擂黃土水飮數升則必

 盡下出也葢蛭在人腹忽得土氣而下爾

按蛭水中濕生也又海帶昆布如久漫雨水則共能化

 成蛭性忌石灰食鹽試鹽點蛭則盤縮死

 

 

ひる       蚑〔(き)〕【蜞、虮、並〔びに〕同じ。】 至掌〔(ししやう)〕

【音、質。】   【和名、比流。】

         馬蛭〔(ばしつ)〕  馬鼈〔(ばべつ)〕

         【長く大なる者なり。】

チツ       馬蟥 〔(ばくわう)〕【腹、黄なる者。】 

 

「本綱」、蛭、水中に在る者を水蛭〔(みづびる)〕と名づく。草土に在る者を草蛭〔(くさびる)〕と名づく。狀、蚓(みゝづ)に似て扁(ひらた)し。能く牛馬、人の血を咂 (す)ふ。

水蛭は 河・池に生ず【鹹〔(しほか)〕らく、苦〔(にが)くして〕、平。毒、有り。】藥に入るるに水中の小さき者を取りて之れを用ふ。折傷・疼痛を治す【焙りて細末と爲し、酒〔にて〕服〔すこと〕二錢。】食頃(しばら)くして痛みを作(な)す。〔されば〕更に一服すべし。痛み、止む。

 赤白丹・腫癰〔(しゆよう)の〕初めて起る者を治するに、竹の筒を以て、蛭を盛り、之えれに合はせて(す)はしめば、病處〔(びやうしよ)〕、血、滿れば、自〔(おのづか)〕ら脱す。

草蛭は 深山の草の中に在りて、人の行く時は、即ち脛(はぎ)・股(もゝ)に着く。覺へずして肉〔の〕中に入りて産育して害を爲す。南方に水蛭有り、鼻涕(じる)に似て、人の氣(かざ)を聞き、閃閃(ひかひか)として動き、人體に就きて、瘡と成る。惟だ麝香・硃砂〔(しゆさ)〕を以て之れを塗れば、即ち、愈ゆ。此れ、即ち、草蛭なり。

別に石蛭〔(いしびる)〕有り。石の上に生ず。泥蛭〔(どろびる)〕は泥の中に生ず。其の二の蛭、頭、尖り、腰、粗く、色、赤し。誤りて之れを食へば、人をして眼中に烟を生ずるがごとくならしめ、漸く、枯損〔(こそん)〕を致す。

 昔し、人、有り、途(たび)行(ゆ)きて、水を飮〔(むに)〕及〔びて〕水菜を食ふに、誤りて蛭を呑む。腹に入りて子を生みて害を爲す。臟〔(はらわた)〕・血を噉〔(くら)ひ〕て、腸、痛み、黃(きば)み瘠(やす)る者あり。惟だ、路の泥を以て、或いは黃土を擂(す)りて水、飮すること、數升、則ち、必ず盡〔(す)〕ぐ、下り出だすなり。葢し、蛭、人の腹に在れば、忽ち土氣を得て、下〔(くだ)さ〕るのみ。

 

按ずるに、蛭は水中の濕生なり。又、海帶(あらめ)・昆布、如〔(も)〕し、久しく雨水に漫(ほと)びる時は、則ち、共に能く化して蛭と成る。性、石灰・食鹽を忌む。試みに鹽を蛭に點ずれば、蛭、則ち、盤〔(からだ)〕、縮して死す。

 

[やぶちゃん注:環形動物門ヒル綱 Hirudinea のヒル類である。ウィキの「ヒル」によれば、体の前後端に吸盤を持つことを特徴とする。『ヒル類は大型動物の血を吸うものがよく知られているため、その印象が強いが、それ以外の生活をするものもある。共通の特徴は体の前端と後端に吸盤を持つことであるが、その発達の程度は様々である。また、細長いぬめぬめするもの、動物の生き血を吸うものといった印象の動物にヒルの名を付ける場合もある』が、それらは『分類上は全く異なったものである』ことも多い。『環形動物一般に共通するが、体は細長い。この類の特徴として、外部形態の退化傾向が挙げられる。口前葉はほとんど確認できない。疣足はなく、貧毛類にはある剛毛すらほとんどが持たない。代わりに、口周辺と肛門の下側が吸盤になっており、捕食活動にも運動にもこれを用いる。どちらか一方だけを持つものもある。一部に外鰓を持つものがある』。『体は外見上は非常に多くの体節を持つように見えるが、そのほとんどは表面に環状のしわがあるだけで、実際の体節はより少なく、普通は』三十四節ある。『しわがあるために明確ではないが、ミミズ類に見られるような環帯が体前方にあり、その腹面に雌雄の生殖孔が開く。雌雄同体である』。『外見的には感覚器は見えないが、体前方の背面に眼点(光の強弱を感じるセンサーで、電子顕微鏡で見える表面が凹んだ器官)があるものが多い』。体長は二ミリメートルの小さなものか四十センチメートルにもなる大きなものまで他種多様である。『多くは淡水に住むが、陸上や海水に住む種類もいる。肉食性で、主に小動物を食べるもの、大型動物の血を吸っているものなどがある。長く大型動物にたかって暮らすものは、寄生性と見なされる。小さい方では、例えば』ヒル綱吻蛭目グロシフォニ科 Batracobdella 属カイビル Batracobdella kasmiana などは体長約八ミリメートルから二センチメートルほどの『小さいもので、水草の上などを這いながら、小さな巻き貝などに頭を突っ込んで食べている』。逆に特に大きな種ではイシビル科クガビル属ヤツワクガビルOrobdella octonaria がおり、これは成体個体では伸びた全長が五〇センチメートルを越え、『全身は鮮やかな黄色に黒色の縦スジがある。湿った陸上に住み』、これまた四〇センチメートルにも『達するシーボルトミミズ』(環形動物門貧毛綱ナガミミズ目フトミミズ科フトミミズ属シーボルトミミズ Pheretima sieboldi)『などの大型ミミズを丸飲みにする』(私は高校教師時代、山岳部山の顧問をしていたが、何度か、その驚くべき同種と思しい巨大蛭と遭遇した)。『哺乳類に対して吸血する種があり、人を対象とするものも少なくない。川に入っているときや沼地や湿度の高い森林などを歩いているときに取り付かれ、血を吸われることがある。水田にはチスイビル』(顎(あご)ビル目ヒルド科チスイビル属チスイビル Hirudo nipponica)『が多く、水田での作業中に血を吸われることは普通であったが、農薬などによって減少している。ヤマビル』(ヒルド科 Haemadipsa Haemadipsa zeylanica 亜種ヤマビル Haemadipsa zeylanica japonica )『は、サル、イノシシ、シカなどの増加につれて分布域を広げているという話もある』。二〇〇八年までに『日本でヤマビルによる被害が確認されていないのは埼玉県、大阪府、福井県、石川県、青森県、北海道、山口県、北部九州、四国である。ヤマビルは靴につくとシャクトリムシのように体の上の方に上がって行き、服や靴の裾や袖口などの隙間からもぐりこんで皮膚に到達する。かまれてもヒルの唾液に麻酔成分があるため痛みを感じないまま血を吸われ、吸血痕からの出血を見て気がつく場合がある。また、血液の凝固作用を妨げる成分も含まれていて』、なかなか『血が止まらず、流血が広がりやすいが、通常、傷は数日で治る。ヒル自体には毒性はないといわれる』(私は残念なことに一度も吸血されたことはないが、引率した生徒が分厚いソックスの間に忍び込まれてしばしば知らないうちに咬まれて吸血され、恐懼していたのを思い出す)。『吸血種の主な種類は、チスイビルやヌマビル、ヤマビルなどがある。日本にも生息するハナビル』(ヒルド科 Dinobdella属ハナビル Dinobdella ferox 。「鼻蛭」でまさに幼生が人の鼻の穴に侵入して寄生することで知られ、東南アジアでは人への寄生症例がしばしば問題にされるようである)『のように、体表から吸血するのでなく、体内に潜り込んで吸血するものもあり、内部蛭症と呼ばれる』。『吸血性ヒルに関しては害のみでなく、医療や薬用として利用も行われている』。『基本的に人間は吸血生物に対して嫌悪感を持つ。特にヒルは、カやアブなどのような他の吸血性動物と異なり、ヌメヌメした容姿に対する嫌悪感や、噛まれた傷口から長く出血することへの不快感も加わる』。『他方、血の凝固を防ぐ力があることから、古来より瀉血などの医療用としても用いられてきた』歴史があり、また、『漢方では乾燥したヒルの生薬名を水蛭(すいてつ)と呼』んで、『滋養強壮に効果があると言われ、ヨーロッパでも古くから薬用とされてきた』。一八八四年に『イギリスの生理学者ジョン・ヘイクラフト』(John Berry Haycraft)『が、薬用ヒルの唾液腺からペプチドで構成される血液抗凝固成分であるヒルディン』(またはヒルジン(Hirudin):吸血性ヒルの唾液腺から分泌されるポリペプチド。トロンビンを阻害することによって血液凝固を妨害し、さらにヒルに噛まれた痕自身も止血し難くなる。六十五個のアミノ酸から構成されており、ヒルの頭部から熱水抽出によって得られる。天然のヒルジンは多数の種類から構成される混合物であるが、現在は純粋に大量生産出来る組み換え型ヒルジンが用いられている。ヒルジンは医薬として血腫などの治療に用いられることもあるが、日本では認可されていない)『という成分を発見した。日本では水蛭やヒルディンを使用した製品に薬効を謳うことは許可されていないため、健康食品として販売されている。ヒルは悪い血を吸い出すものとして、インドのアーユルヴェーダなどでデキ物などにたからせて血を吸わせるなどの行為が行われた。また、ヒルの唾液は、膝関節症に効果があると』もされる。『現在は外科医療用のヒルとして、接合した四肢の端部に大型の無菌化したヒルを付けて血を吸わせ(ヒルは数時間毎に交換)、血管の再生を促す治療法がイギリスを始めとして用いられつつある』。『帽子・長袖・長ズボン・厚手の靴下・長靴(あるいはしっかりした登山靴)を着用し、首筋にタオルを巻いたり、靴とズボンの隙間をガムテープを巻くなどして極力肌の露出を避ける。ただし、ズボンを着用している状態であっても、ズボンを這い上がったのちに上着の隙間から入り込んで腹部に吸着する場合がある。タオルや靴下にあらかじめ』、『塩をすり込んでおくなどの処置も有効である』とある。塩に忌避効果があるというのは本文の記載と一致する。

・「水蛭〔(みづびる)〕」漢方では「スイテツ」と音読みする。漢方生薬や瀉血用(チスイビルのみ)に用いるのは以下の三種。

顎ビル目ヒルド科Whitmania属ウマビル Whitmania pigra

(日本各地の水田や池沼などに棲息し、冬は泥の中に隠れる。体は扁平で、長さ十~十五センチメートル、幅二センチメートル内外。背面はオリーブ色で五本の暗色の縦線を有する。腹面は淡色で、小さい暗色斑点が縦に並ぶ。前吸盤は非常に小さく、その底部に口がある。口には三個の顎があるが、ヒトの皮膚に傷をつけて吸血することは出来ず、食性も吸血性ではなく肉食性と思われる(ネットの諸記載から判断)。後吸盤は円形で大きい。体中央部では一体節に五体環がある。目は五対あって第二・三・四・六・九のそれぞれの体環上に存在する。雌雄同体で雌雄生殖口は第十一及び第十二体節に開く。和名の「ウマ」は「大形」を意味する(概ね、小学館「日本大百科全書」の今島実氏の解説に拠った)。

Whitmania属チャイロビル Whitmania acranulata

(ウマビルの近縁種。画像(中国・台湾のサイトで確認出来る)を見る限りでは、普通に素手で掌に載せているものが多く、やはり吸血性ではないと推定される)

ヒルド科チスイビル属チスイビル Hirudo nipponica

(日本各地の淡水の湿地に生息する。体長は三~四センチメートルで、扁平で細長く、背面に緑灰色の数条の縦縞を有する。前方吸盤に口があり、顎(あご)がよく発達していて多数の歯が一列に並ぶ。この顎で他の動物の皮膚に傷をつけて吸血する。彼らの唾液には先の引用のも出たヒルジンという血液凝固抑制物質が含まれており、相手の血を凝固させることなく、安定的に吸血することが出来る。雌雄同体で、温血動物の血を吸ったあとに交尾・産卵をする。このヒルの吸血性を利用して、鬱血した場所に吸い付かせる治療に用いることから「医用ビル」の別名をも持つ(同じく小学館「日本大百科全書」の今島実氏の解説に拠った)。

・「草蛭〔(くさびる)〕」ヒルド科 Haemadipsa Haemadipsa zeylanica 亜種ヤマビル Haemadipsa zeylanica japonicaに代表されるヤマビル類と考えてよかろう。ウィキの「ヤマビル」より引く。『山野で大型哺乳類を攻撃する。ヒトにもよく着くので非常に嫌われる』。『ヤマビルは陸に棲むヒルで、吸血性のヒル類としては日本本土では唯一の陸生ヒルである。日本以外では複数の種がある場合もある。なお、より厳密を求めてニホンヤマビルとの和名も提唱されているが、普通はヤマビルと呼ばれること』の方が圧倒的に多い。『山奥の森林に生息するもので、特に湿潤な場所に多いというのが一つの定見であり、深い森と結びつけて恐怖をもって語られたこともある』。例えば泉鏡花の「高野聖」には『「恐ろしい山蛭」が木の上から落ちてくるシーンが描かれている』(本文をこの注の後に示す)。『しかし平成年代頃より人里での出現、その生息地の拡大が言われるようになった』。『気づかれないうちに血を吸われ、その傷口が吸血性昆虫のそれより大きいこと、本体がぬめぬめしたのであることなど嫌悪感が強い。「人間が最も不快と感じる動物のひとつ」との声もある』。『しかしそれ以上の被害、たとえば寄生虫や病原体の伝搬などは知られていない。湿度の高い環境で活発になる』一方で、『乾燥に弱い』。『日本では岩手・秋田県以南の本州から四国、九州に分布する。また周辺島嶼では佐渡島、金華山、淡路島、それに屋久島が知られる。ただし神奈川県の調査報告によると、四国は分布域とされているが、確実な情報がないという。国外では中国の雲南省も生息域として知られる。原名亜種は熱帯域に広く分布するものである。琉球列島でも石垣島、西表島に多く、これはサキシマヤマビル H. zeylanica rjukjuana とされる。また他に東京都(火山列島)硫黄島にイオウジマヤマビル H. zeylanica ivosimae が知られる。ただし、これらの分類については異説もあり、日本の変種を独立種とする説もある』。体長は二五~三五ミリメートルで、『伸び縮みが激しく、倍くらいまで伸びる。神奈川県の報告書によると、弾力に富み、且つ丈夫で、引っ張ってもちぎれず、踏んでもつぶれないと表現されるほどである』(後掲するように鏡花は実にそこをリアルに描いている)。『体は中央後方で幅広く、前後に細まるが、おおよそ円柱形で多少とも腹背に扁平。おおよそ茶褐色で栗色の縦線模様がある。背面の表面には小さなこぶ状の突起が多い。体は細かい体環に分かれているが、実際の体節はその数個分である。第二節から五節までと八節目の背面に丸く突き出た眼が一対ずつある。後方側面に耳状の突起がある。吸盤は前端と後端にあり、後端のそれがずっと大きい。口の中の顎には細かな歯がある。肛門は後方の吸盤の背面にある』。『晴天時には地上の落葉の下などに潜伏してじっとしているが、大型動物が接近すると表に出て、あるいは草に登って体を長く伸ばして直立し、その先端をあちこち振り回すように動かす。動物の接近は二酸化炭素や振動、熱などによって感知するものとされる』(私はしばしばこの行動を山で観察したものだった。恐懼する生徒らを尻目に正直、実に面白かったのである)。『動物に触れるとすぐにとりつき、前後の吸盤でシャクトリムシのように移動し、皮膚の柔らかいところにとりついて吸血を始める。一般には、シカやイノシシが主な宿主とされている。他にツキノワグマ、ノウサギ、タヌキ、ニホンカモシカ、ニホンザルなども吸血されることが確認されており、ヤマドリやキジが吸血対象となった例も確認されている』。『人間であれば、その衣服の中に入り込んで吸血することもある。靴下など、目が粗ければ頭をその隙間から突っ込んで吸血する例もある』。キャラバン・シューズに吸着した個体が靴下の中に潜り込むまで三十秒とする記録もあるという。『雨の時には活動はさらに活発になり、樹上に登って枝葉の先からぶら下がり、動物のより高いところにもくっついてくる。ビニールのカッパは張り付きやすいため、足下から首まではい上がるのに』一分程度しかかからないともいう。『吸血の際は、まず先端側の吸盤にある口の中の顎によって皮膚を食い破り、血液凝固を阻害するヒルジンという成分を注入する』。満腹になるまで吸血するが(約一時間を要するとする)、『その間に水分を排出し、その成分を濃縮する。ヒルジンの注入の為に、吸われている側は吸血されていることに気づかない』。『満腹すると動物からはなれて地上に落ち、落ち葉の下などに隠れる。往々に吸血後に脱皮、産卵する』。『乾燥には弱いが、気温は』摂氏十度以上で『あれば活動が可能で、冬以外は』よく活動する。房総半島では四~十一月に『活動が見られ、特に梅雨や秋雨の頃が活発と』される。『なお、自ら水中に入ることはない』。親は血を吸うと約一ヶ月後には産卵をする。『卵は表面にハチの巣状の突起のある透明な卵嚢(cocoon)に包まれる。これは、産卵時にはゼラチン質の泡となっており、ヒルはこの中に産卵する。この泡が乾燥することで透明な皮膜となる。内部は黄色で美しく、山中征夫は「万人が神秘的と認めるほど」とまで言っている。一つの卵嚢には』五~六個の『卵が含まれる。なお』、一個体の『雌が生涯に作る卵嚢の数は』二十以上に『達する。 孵化には』約一ヶ月を要し、『孵化直後の幼生は体長約』五ミリメートルで、『飼育による調査結果によると』、三~四回の『吸血で幼生は産卵可能な成体になり、これには』約一年を『要する。成体になるまでは』1~六ヶ月に一回の『吸血が必要であるが、それ以降は年に』ただ一回の吸血で足り、成体に於いては実に二年もの『絶食に耐える。生涯の吸血回数は多いもので』も八回ほどしかせず、『飼育下での最長の寿命は』五年であったとある。『雌雄同体であるが、交尾を行』い、その際には二個体が『互いに首を絞めあうような形で交接をする』。『一般には山地の森林に生息し、特に湿潤な、渓流沿いのコケの多いところなどに多数見られることがある。地理分布としては広いが、各地での生息域は狭く限られており、どこにでも見られるものではなかった』。『しかしそれ以上に、吸血対象となる大型ほ乳類の生息域に依存していて、ときには、開けたところやちょっとした藪でも遭遇することがある。人里ではあるが、奈良公園の春日神社などには多く、ときおり藪に潜り込んだカップルが血を流しながらあわてて飛び出すのが見られたという』。『ところが、平成頃からはあちこちでヤマビルの増加が言われるようになった。たとえば房総半島では』一九七五年頃には清澄山(きよすみやま:千葉県鴨川市清澄にあり、日蓮が出家得度及び立教開宗した寺とされる大本山千光山清澄寺(せいちょうじ)がある)を『中心とする一帯に生息するのみだったものが』、『東西南北に広がり、その生息面積は』二〇〇五年には三十倍にも広がっているという。『また市街地に出現する例も伝えられるようになった。丹沢山地、西濃、鈴鹿山脈などの山域でハイカーなどが吸血の被害を受けている』。『これは人里近辺でシカなどが増加したと言われることと符合する』。ヒル学の専門家山中征夫氏も 『シカの生息域拡大との共通性を述べ、地域の古老の言葉として「シカの糞からヒルがわく」をあげて、シカがヒルの運搬にも荷担しているとする。実態は、シカやカモシカの蹄にヒルが寄生するためと考えられている』。農学者梅谷献二氏は『この他に、生息地域へ入る観光客の増加が原因の一つではないかと述べている』。梅谷氏によると、『ほ乳類の個体が高い頻度で吸血されると抗体ができ、抗体を持つ血液を吸ったヒルは死滅して、ヒルの個体数を抑制する作用があると考えられている。一方、ヒルと接触する機会を持たなかった観光客が多く来ることにより、ヒルは抗体に阻まれることなく増殖できたのだろうという。さらに、ヒルに付かれた人間が生息域外に移動したところでヒルが落ち、生息域の拡大につながった可能性も指摘している』。『一回の吸血量は、産卵をするような成体で』二~三ミリリットルであるが、ヒルジンの影響で『その後も出血するので失血量はそれよりやや多くなる』。『咬まれてもヒルの唾液には麻酔成分が含まれるため、痛みはそれほど感じない。咬まれた痕は丸い小さな傷口になり、血液凝固を阻害するヒルジンにより、しばらくは出血が止まらない。普通は』二時間程度は『少しずつ出血が続く。一旦止まっても、入浴などで再び出血することもある。その後も傷の治りは遅く、極端な例では二年に及ぶこともある』という。『皮膚に付いた場合はアルコールが効果的で、近づけただけでも落ちる。そのほか、火を近づけたり、塩や塩分濃度の高い液体、食酢のような酸性の液体をかけることも効果がある。食塩を入れた布を、ヒルの進行を防ぐような形で足首に巻くという予防法もある。吸血跡は化膿止めをした方がよいとされている。なお、ヤマビルによって媒介される寄生虫や病原体は知られていない』。『近年の人里での増加から、薬物などによる防除も行われているが、決め手は今のところない』。『また、場所によっては、ハイキングコースの入口にヤマビル退治用の塩の入った瓶が置いてある』ところもあるとする。ここでもまた、「塩」である。

 私の好きな泉鏡花の「高野聖」の、これまた、遺愛の第「八」章を総て引いておく(底本は所持する一九四〇年刊岩波版全集を用いた。底本は総ルビであるが、読みの振れそうなもののみとし、踊り字「〱」は正字化した)。

   *

「心細さは申すまでもなかつたが、卑怯な樣でも修業の積まぬ身には、恁(か)う云ふ暗い處の方が却つて觀念に便(たより)が宜(よ)い。何しろ體が凌ぎよくなつたゝめに足の弱(よわり)も忘れたので、道も大きに捗取(はかど)つて、先づこれで七分(ぶ)は森の中を越したらうと思ふ處で、五六尺天窓(あたま)の上(うへ)らしかつた樹(き)の枝から、ぼたりと笠の上へ落ち留(と)まつたものがある。

 鉛の錘(おもり)かとおもふ心持、何か木の實でゞもあるか知らんと、二三度振つて見みたが附着(くツつ)いて居て其まゝには取とれないから、何心なく手をやつて摑むと、滑らかに冷(ひや)りと來た。

 見ると海鼠(なまこ)を裂いたやうな目も口もない者ぢやが、動物には違ひない。不氣味で投出さうとするとずるずると辷(すべ)つて指の尖(さき)へ吸ひついてぶらりと下さがつた、其の放れた指の尖から眞赤な美しい血が垂々(たらたら)と出(で)たから、吃驚(びツくり)して目の下へ指をつけてぢつと見ると、今(いま)折曲(をりま)げた肱(ひぢ)の處へつるりと垂懸(たれかゝ)つて居るのは同(おなじ)形(かたち)をした、巾が五分、丈(たけ)が三寸(ずん)ばかりの山海鼠(やまなまこ)。

 呆氣(あつけ)に取とられて見る見る内に、下の方から縮みながら、ぶくぶくと太つて行くのは生血(いきち)をしたたかに吸込む所爲(せゐ)で、濁つた黑い滑らかな肌に茶褐色の縞をもつた、痣胡瓜(いぼきうり)のやうな血を取る動物、此奴(こいつ)は蛭ぢやよ。

 誰(た)が目にも見違へるわけのものではないが、圖拔(づぬけ)て餘り大きいから一寸は氣がつかぬであつた、何の畠でも、甚麼(どんな)履歷のある沼でも、此位(このくらゐ)な蛭はあらうとは思はれぬ。

 肱をばさりと振(ふる)つたけれども、よく喰込こんだと見えてなかなか放れさうにしないから不氣味ながら手で抓(つま)んで引切(ひつき)ると、ぶつりといつてやうやう取れる、暫時(しばらく)も耐(たま)つたものではない、突然(いきなり)取つて大地へ叩きつけると、これほどの奴等(やつら)が何萬となく巢をくつて我ものにして居ようといふ處、豫(かね)て其の用意はして居ると思はれるばかり、日のあたらぬ森の中の土は柔(やはらか)い、潰れさうにもないのぢや。

 と最早や頸(えり)のあたりがむずむずして來た、平手(ひらて)で扱(こい)て見ると橫撫(よこなで)に蛭の背(せな)をぬるぬるとすべるといふ、やあ、乳(ちゝ)の下へ潛んで帶の間にも一疋、蒼くなつてそツと見ると肩の上にも一筋。

 思はず飛上つて總身(そうしん)を震ひながら此(この)大枝の下を一散にかけぬけて、走りながら先づ心覺えの奴だけは夢中でもぎ取つた。

 何(なん)にしても恐しい今の枝には蛭が生(な)つて居るのであらうと餘(あまり)の事に思つて振返ると、見返つた樹の何の枝か知らず矢張(やつぱり)幾ツといふこともない蛭の皮ぢや。

 これはと思ふ、右も、左も前の枝も、何の事はないまるで充満(いつぱい)。

 私(わし)は思はず恐怖の聲を立たてて叫んだ、すると何と? 此時は目に見えて、上からぼたりぼたりと眞黑な瘦せた筋の入つた雨が體へ降りかゝつて來たではないか。

 草鞋(わらぢ)を穿いた足の甲へも落た上へ又累(かさな)り、竝(なら)んだ傍(わき)へ又附着(くツつ)いて爪先(つまさき)も分らなくなつた、然(さ)うして活(い)きてると思ふだけ脈(みやく)を打つて血を吸ふやうな、思ひなしか一ツ一ツ伸縮(のびちゞみ)をするやうなのを見るから氣が遠くなつて、其時不思議な考へが起きた。

 此の恐しい山蛭(やまびる)は神代(かみよ)の古(いにしへ)から此處(こゝ)に屯(たむろ)をして居て、人の來るのを待ちつけて、永い久しい間に何(ど)の位(くらゐ)何斛(なんごく)かの血を吸ふと、其處(そこ)でこの蟲の(のぞみ)が叶ふ、其の時はありつたけの蛭が不殘(のこらず)吸つただけの人間の血を吐出(はきだ)すと、其(それ)がために土がとけて山一ツ一面に血と泥との大沼(おほぬま)にかはるであらう、其と同時に此處に日の光を遮ぎつて晝もなほ暗い大木(たいぼく)が切々(きれぎれ)に一ツ一ツ蛭になつて了(しま)ふのに相違(さうゐ)ないと、いや、全くの事で。」

   *

・「折傷」東洋文庫版現代語訳にはこの熟語に『うちみ』とルビする。

・「二錢」明代の重量の一銭は三・七三グラムであるから、七・四六グラム。

・「食頃(しばら)くして」音「シヨクケイ(ショッケイ)」 で、これは、「食事をするほどの」僅かな時間の意。

・「赤白丹腫・癰」漢方サイトの検索から「・」を挿入した。東洋文庫版現代語訳は五字で一語と採り、『できものの一種』と割注する。これはしかし、さらに言うなら、これは所謂、、溶連菌による皮膚の化膿性炎症である「丹毒」の病態の一種である、「白丹腫」と「赤丹腫」(恐らくは腫れ物が呈している色に拠る)及び「癰(よう)」(腫れ物の中でも中に膿を持っていて出口の閉塞した悪性のもの)という見た目上の異なる三種の腫れ物を指す語と私は読む。

・「竹の筒を以て、蛭を盛り、之えれに合はせて(す)はしめば、病處〔(びやうしよ)〕、血、滿れば、自〔(おのづか)〕ら脱す」化膿した腐敗物をヒルに吸引させる手法で、前胃に見たようにヒルによる別な二次感染症は確認されていないから、効果的な手法と言える。蠍の条に出た木の椀による吸引なんぞよりも遙かに実質的に期待出来ると言える。

・「肉〔の〕中に入りて産育して害を爲す」「産育」とは人体内で卵を産み、成長するの謂いであり、しかも人体に有害であるというのである。まず浮かぶのは、既に出した、幼生がヒトの鼻の穴に入り込んで寄生することで知られ、日本国内にも分布するところの顎ヒル目ヒルド科 Dinobdella属ハナビル Dinobdella ferox ではあるが、彼らは幼体時の寄生であって、人体内で子を産んだりはしないウィキの「ハナビル」によれば、『大型のヒル類で成体は水生昆虫などを食べる肉食性であるが、幼生時に大型ほ乳類の鼻腔に侵入し、そこで寄生生活をしつつ成長するという派手な習性を持っている。しかもその状態で』数センチメートルに『なるまで成長し、伸びると鼻孔からその先端がはみ出すこともある。さらに、時に人間を宿主とする場合があるのでやっかいである。名前は鼻蛭の意である。九州南部では「鼻かす」という地方名がある』という。『東南アジアに多いが、日本でも南部に記録があり、人間の感染例も知られる』。成虫は二〇センチメートルに『達することもある大型のヒル類。全身が黒色で円筒形をしており、両端には吸盤がある。体は細かい環節に分かれる。顎板には細かい歯がなく、体後部に耳状突起がない。また、眼は背面の前端部分に五対あり、アーチ状に配置する』。『成体は渓流域の水中におり、石の下などに潜んで水生昆虫の幼虫やイトミミズ類などを捕食している』。初期の幼虫は五~一〇ミリメートルで、『ごく細くて体色が乳白色をしており、吸盤がよく発達している。これが水中で待機しており、そこに野生動物がやってきて水を飲んだり、水中に入った際に鼻腔に潜り込む。そこで』十センチメートル程度に『なるまで成長し、その後に動物体を離れて、それ以降は自由生活を送る。寄生中は宿主を変えることがなく、その期間は一ヶ月に及ぶ。 実験的にニワトリに寄生させた例では』、十二日で体長二センチメートルに『なって色が黒に変わった。また兎に感染させた実験では幼虫の脱出には一ヶ月を要し、その際の体長は平均』四・五センチメートルであったという。『一般に山間部の清冽な渓流に生息するものである。東南アジアでは高地に多く見られる。また、その地域の大型ほ乳類で幼生の寄生が見られ、時に一頭の宿主に複数個体が寄生しているのが希ではないという』。『アジアの熱帯域を中心に広く分布する。日本では奄美大島、九州南部、それに本州の一部で知られている』。『日本本土での分布について』は、一九九四年の段階では『鹿児島・奈良・岐阜があげられており、この他に宮崎で被害報告がある旨が述べられているが』、それ以前の一九八八年の報告では、『宮崎県で生息してるとする他』、『九州北部での生息の可能性を示唆しているが、奈良での生息については触れていない』。一部の噂では奈良県と三重県の県境にある『大台ヶ原にいる、との話がネット上などで確認できるが、これは怪しい』とする。『成体は見かければ喜ぶ人は少ないだろうが、不快害虫の範疇にとどまり、実害はない』。『しかし幼生は明瞭な寄生虫である。ヒルが体内に侵入して被害を与えることを内部蛭症というが、本種はこれを引き起こす日本における唯一の種である』。『上記のようにこのヒルはあまり人里には出ないものであり、山間渓流域で野生動物を宿主とするものである。したがって、そういう場所に入って渓流で顔を洗ったり、水を飲んだ際に幼生の寄生を受ける。幼生は上記のように細くて白っぽいため、見つけるのは困難である。寄生する部位は多くの場合に下・中鼻道である』。『感染初期には自覚症状はほとんどない。しかし虫体が成長し、大きくなるにつれ、その運動を異物感や痒痛感として感じるようになり、また蛭が吸血部位を変える度にそこからの出血が見られるようになる。ヒル類は吸血のための傷口から血液凝固阻止剤を注入するので、出血は止まりにくく、極端な例ではそのために貧血が起きる』。『福岡での症例を扱ったもの』によれば、『その患者は出血の他に鼻汁の異常分泌に悩まされたという。しかしこれら以外に身体症状を引き起こすことはほとんどなく、この患者の場合も鼻腔内に潰瘍等はなく、耳内、口腔内も問題なかった。血液検査等に於いてもほとんど異常を認められていない。しかし、鼻腔内に奇妙な「虫」が住み着いていることは大きな不安感を引き起こす。上記のよう症状の他に、ハナビルの幼生が成長してくると、体を伸ばした際には外から見えるようになり、この患者も手鏡でこれを見てこれを取り去ることを画策、最後に洗面器に水を張って顔をつけ、虫体が伸びたところをぬれタオルで確保、引きずり出したと言うが、その際に虫が鼻腔内壁に吸い付いてなかなか外れず、「鼻がもぎ取られるように』」痛んだとある。『なお、鼻腔であれば幼生が成長すると脱落して、それで終わりであるが、それ以外の部位に寄生した例もある。水と共に入り込んだ虫が気管に達し、声帯や気管に吸着して呼吸困難になった例や、たまたま眼にこすり込んだために結膜に寄生された例、外耳道に入り込んで化膿を起こした例、尿道に入り込んで血尿を起こした例なども知られている』。『治療としては、要するに虫を取り出せばいいのであるが、虫の麻酔と吸着部位の麻酔薬を効かせつつ、取り出すような方法がとられる』とある。『上記のようにその生息地が人里離れた場所を主体としているから、寄生される事象はそれほど頻繁に起こるものではない。かといって到達困難な地域と言うほどでもないため、該当地域ではそれほど珍しいものでもないらしい』。一九八八年のデータでは、『日本国内での論文のような形での』症例報告は十例程度あるという。『しかし宮崎地方での開業医はたいていこれを見ていると言われ、宮崎県の該当地域で小中学生を対象にした調査では』六百二十九人中十四人が『これに寄生された経験があると答えたとのこと。国外では東南アジアに派遣されたアメリカ合衆国の兵隊がこれの寄生を受けた例も知られる』。研究者は『分布地の拡大の懸念を示唆しており、また温泉ブームなどに関連して山間自然に踏み込む人が増えてきたことからも注意を喚起する必要があると述べている』とある。そうなるとどうも私は「産育」という語に引っ掛かるのである。人体内に深く侵入し、そこに寄生し、しかも子を産んで人体内で繁殖し、人体に明らかな害を及ぼす「蛭」のような生き物……あれか! 後の「「腹に入りて子を生みて害を爲す。臟〔(はらわた)〕・血を噉〔(くら)ひ〕て、腸、痛み、黃(きば)み瘠(やす)る者あり」で再考する。

・「鼻涕(じる)」鼻汁。私が観察した丹沢での幼体は細く白く柔らかく、この比喩が腑に落ちる。

・「人の氣(かざ)」人の気配。

・「閃閃(ひかひか)として動き」発光物質を持っているとは思われないが、やはり私の観察したものは如何にも抜けるように白く、しかも草葉の枝先で、通行する動物を待ち構えるために常に、尺取虫か手招きのような運動をする。それは天女の羽衣のように陽の光を反射して、ぴかっと光るようには私には見えた。されば、この表現も私には全く奇異に思われないのである。

・「麝香」哺乳綱鯨偶蹄目反芻亜目真反芻亜目ジャコウジカ科ジャコウジカ亜科ジャコウジカ(麝香鹿)属 Moschus の仲間の、成獣のが持つ、を誘うための性フェロモンを分泌する麝香腺(陰部と臍の間にある)を抜き取って乾燥させた生薬。専ら、媚薬として珍重される。

・「硃砂〔(しゆさ)〕」鉱物の一種である「辰砂(しんしゃ)」。硫化水銀()(HgS)からなる鉱物で別名を「賢者の石」「赤色硫化水銀」「丹砂」「朱砂」、英名を cinnabar と呼び、本邦では古来、「丹(に)」と呼ばれた物質。毒性があるものの、生薬としては非常に古くから用いられている。

・「石蛭〔(いしびる)〕」「頭、尖り、腰、粗く、色、赤し。誤りて之れを食へば、人をして眼中に烟を生ずるがごとくならしめ、漸く、枯損〔(こそん)〕を致す」化生説のようなとんでもない記載になっているいるが、この和名を持つヒルは実在する。環形動物門ヒル綱咽蛭(インビル)目イシビル(石蛭)科Erpobdellidaeの総称である。この類は肉食性に最もよく適応した消化器官を保持し、咽頭が長く、三条の筋肉性の襞を有し、顎はなく、稀に一~三本の牙を有する。シマイシビル属ナミイシビルErpobdella octoculata は、湖や河川に棲息し、アジア・ヨーロッパに広く分布、昆虫の幼生・貝類・ミミズなどを食べる。シマイシビル属シマイシビルErpobdella lineataは、背面が茶褐色から暗緑色まであり、中央に色がやや淡い縦縞があり、池や河川に棲息し、水底やその他の物の上に茶褐色の扁平な楕円形の卵嚢を産む。Odontobdella属キバビルOdontobdella blanchardiは体長二〇センチメートルにもなり、三本の牙を有し、池や沼に棲むが湿地にも這い出してくる。マネビル属マネビルMimobdella japonicaは体長十センチメートルほどで、日本に広く分布し、池や沼に棲むが、やはり湿地にも這い出してきて、顎や牙を持たないにもかかわらず、ミミズなどを捕えて捕食する(小学館「日本大百科全書」の今島実氏の解説に拠った)。衛生不快生物ではあるが、吸血はしないし、ここに記されたような誤飲誤食に伴う、眼脂疾患や全身性衰弱(「枯損」)を引き起こす毒性も現認出来ない。なお、「蛭石」という鉱物もあるので参考までに附しておくと、蛭石(ひるいし:正式和名は「苦土蛭石(くどひるいし)」。英語名「vermiculite」で、但し、これはラテン語の「蚯蚓」を始めとした「蠕虫」を意味する「vermiculare」がもとであるから「蛭」は相応しいとは言えない)は農業や園芸に盛んに使われる土壌改良用の土や建設資材とされるヴァーミキュライトに使用されている。

・「泥蛭〔(どろびる)〕」現在の中文サイトや、腰が粗い模様を成しているというのは、先の「水蛭」の中でも吸血性の(だから体色を「赤」とするか。実際にはチスイビルは赤くはない)ヒルド科チスイビル属チスイビル Hirudo nipponica 或いはその仲間の吸血性のヒル類と一応、しておく。

・「水菜」この場合は、水辺や水中に植生する食用の蔬菜・野草全般の謂い。

・「腹に入りて子を生みて害を爲す。臟〔(はらわた)〕・血を噉〔(くら)ひ〕て、腸、痛み、黃(きば)み瘠(やす)る者あり」さても「黃み瘠る者あり」である。これは明らかに肝臓障害による黄疸の症状などを示している。しかもその「蛭」のような形をした生物は「腹に入りて子を生みて害を爲す」ものであり、「腸」(はらわた)がねじ切れんばかりに「痛み」、それに冒されて亡くなった者の内臓は変質しており、まるでその「蛭」に「噉〔(くら)」われた如くに夥しい出「血」や炎症を起こしている――これは実は「蛭」のようで「蛭」でない、かの、

扁形動物門吸虫綱二生亜綱棘口吸虫目棘口吸虫亜目棘口吸虫上科蛭状吸虫(カンテツ)科蛭状吸虫亜科カンテツ属カンテツ(肝蛭/日本産肝蛭)Fasciola sp.

を指しているのではあるまいか? カンテツの成虫の体長は二~三センチメートルで幅一センチメートル。本邦でも中間宿主はヒメモノアラガイ(腹足綱直腹足亜綱異鰓上目有肺目基眼亜目モノアラガイ上科モノアラガイ科 Austropeplea 属ヒメモノアラガイ Austropeplea ollula。但し、北海道ではモノアラガイ科 Lymnaea 属コシダカヒメモノアラガイ Lymnaea truncatula)で、終宿主はヒツジ・ヤギ・ウシ・ウマ・ブタ・ヒトなどの哺乳類である。ヒトへの感染はミョウガ・クレソン又は牛レバーの生食による。参照したウィキの「肝蛭によれば、『終宿主より排出された虫卵は水中でミラシジウム』(miracidium:ギリシア語の「幼若なもの」に由来)『に発育し、中間宿主の頭部、足部、外套膜などから侵入し、スポロシスト』(sporocyst:「スポロキスト」とも呼ぶ。「胞子・芽胞」(spore)を持つ「嚢子」(cyst)の意)『となる。スポロシストは中腸腺においてレジア』(redia)及びセルカリア(cercaria)へと『発育する。セルカリアは中間宿主の呼吸孔から遊出し、水草などに付着して被嚢する。これをメタセルカリア』(metacercaria)『と呼ぶ。メタセルカリアは終宿主に経口的に摂取され、空腸において脱嚢して腸粘膜に侵入して腹腔に至る。腹腔に出た幼若虫は肝臓実質内を迷走しながら発育し、総胆管に移行する。感染後』七十日前後で『総胆管において産卵を行う。肝蛭の幼若虫は移行迷入性が強く、子宮、気管支などに移行する場合がある』。本種に感染することで発症する肝蛭症は感染初期では発熱・右上腹部痛・圧痛を伴う肝腫大・発咳・好酸球増多・肝機能異常が見られ、慢性期になると不規則な発熱・貧血・好酸球増多・腹痛・消化不良・下痢が出現し、黄疸や著しい体重減少などがみられる(ここはウィキの「肝蛭症」に拠る)。

・「數升」明代の一升は一・七リットルであるから、十リットルぐらいは飲まねばなるまい。

・「土氣を得て、下〔(くだ)さ〕るのみ」この「土氣」とは「泥」土や「黃土」だから「土氣」なのではなく、当然、五行の「土」である。相剋説によって「土」気によって制せられるのは「水」気であるから、蛭は「水」気に属するということなのである。湿気なしには生きて行けない蛭は確かに「水気」の生物ではあるとは言える。

・「蛭は水中の濕生なり」良安先生、そういうことを安易に言っていいのかな? 「本草綱目」は「卵生類」に載ってますけど?

・「海帶(あらめ)」不等毛植物門褐藻綱コンブ目 Lessoniaceae科アラメ属アラメ Eisenia bicyclis。詳しくは私の「和漢三才圖會 卷第九十七 水草 藻類 苔類」の「海帶」を参照されたい。にしても……良安先生……ここで次の昆布と合わせて、何でまた? 海産藻類なのかしらん? よう、わからへん?!

・「昆布」コンブ目コンブ科 Laminariaceae のコンブ類(コンブ科は十三属ある)。詳しくは私の「和漢三才圖會 卷第九十七 水草 藻類 苔類」の「昆布」を参照されたい。不服は同前。

・「久しく雨水に漫(ほと)びる時は、則ち、共に能く化して蛭と成る」良安先生! またまた! これじゃ、馬の毛が蛭になったり、長芋が鰻になったりする、化生みたようなもんでんがな! あきまへん!

・「性、石灰・食鹽を忌む。試みに鹽を蛭に點ずれば、蛭、則ち、盤〔(からだ)〕、縮して死す」既に引用で見た通り、一部でヤマビル予防に塩が登山口に用意されてあるとあった。しかし彼らの体は蛞蝓のようにはいかへんと思うがなぁ。「盤〔(からだ)〕」は東洋文庫版現代語訳のルビを援用させて戴いた。彼らの体型を考えるとこの「盤」は実に実に如何にもしっくりくると言える。]

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