忘れがたみ 原民喜 (恣意的正字化版) 附やぶちゃん注 「寫眞」
寫眞
その寫眞はいくつ位の時のものであらうか、娘の時撮つたものには違ひないのだが、不思議に變らぬ一つの相を湛へてゐたし、妻の顏といふものは時にさまざまに變つてゐたやうな氣もするが、やはり一つを貫いて流れるものがあつたらしい。最近の寫眞とても無かつたので、佛壇のほとりにその寫眞を飾つた。見れば無邪氣な表情のなかにも、神經質らしい閃きがあつた。義母も一枚その複製が欲しいと云ふので、街の寫眞屋に持つて行つて賴むと、期日は請合かねるが一ケ月もしたら來てみてくれと云つた。
その後一ケ月もたつたが寫眞屋の前を通れば大概戸を鎖めてゐるのであつた。私はふとあの寫眞が紛失するのではないかと不安になつた。ある朝思ひたつて行つてみると、今年中は出來ないと寫眞屋の返事であつた。それで、一まづ寫眞を返してもらつた。オーバーのポケツトに入れて、急いで家に歸ると、早速とり出して眺めた。すると、その寫眞は長い間不自由な場所にゐて漸く歸つて來たやうな、吻として多少呼吸困難を訴えてゐるやうな、病み上りのいじらしい姿に見えるのであつた。
[やぶちゃん注:「吻として」「ほつとして(ほっとして)」。民喜はこれをかなり好んで用いる。]
« 忘れがたみ 原民喜 (恣意的正字化版) 附やぶちゃん注 「南瓜」 | トップページ | 忘れがたみ 原民喜 (恣意的正字化版) 附やぶちゃん注 「手帳」 »

