芥川龍之介「侏儒の言葉」(やぶちゃん合成完全版 附やぶちゃん注釈) 矜誇
矜誇
我我の最も誇りたいのは我我の持つてゐないものだけである。實例。――Tは獨逸語に堪能だつた。が、彼の机上にあるのはいつも英語の本ばかりだつた。
[やぶちゃん注:「矜誇」「きょうこ(きょうこ)」と読み、「矜持(矜恃)」(きょうじ)「誇示」と同義で、自己の才能を優れたものとして誇る気持ち。ネット上にはまことしやかに「きんこ」と読むなどと出るが、「矜」は「コン」音読みした場合、「哀れむ」「恵む」の意しかない(大修館書店「廣漢和辭典」に拠る)。騙されてはいけない! なお、筑摩全集類聚版はこれに『きようくう』とルビする。これも採らない(実は「誇」の字の正しい音は「クワ(カ)」「ケ」であり、「コ」は慣用音である。しかし古文書や仏典以外に「クワ」「ケ」と読むことは現在はなく、だとしても、筑摩版のように歴史的仮名遣は「クウ」とはならない)。ともかくも「きょうこ(きょうこ)」である!
もう一つ、騙されてはいけないことが、ある。
それはこのアフォリズムはアイロニカルな一般論を述べたものでは、ない、ということである。
このアフォリズムには芥川龍之介の作家としての絶望的にして痙攣的な叫びが吐露されていると読まねばならないからである。どういう意味か、だって?!
我我の最も誇りたいのは我我の持つてゐないものだけである。實例。――私は小説に堪能だつた。が、私の机上にあるのはいつも他の小説家の本ばかりだつた。
――龍之介が真に自分の理想とする小説、自分自身が自信を持って誇りたかった小説は、実は龍之介には書けない小説だったということになるからである。じゃあ、芥川龍之介の机の上にある本は誰のか、だって?! 例えば、志賀直哉さ!]
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