芥川龍之介「侏儒の言葉」(やぶちゃん合成完全版 附やぶちゃん注釈) 世間智
世間智
消火は放火ほど容易ではない。かう言ふ世間智の代表的所有者は確かに「ベル・アミ」の主人公であらう。彼は戀人をつくる時にもちやんともう絶緣することを考へてゐる。
又
單に世間に處するだけならば、情熱の不足などは患はずとも好い。それよりも寧ろ危險なのは明らかに冷淡さの不足である。
[やぶちゃん注:大正一四(一九二五)年八月号『文藝春秋』巻頭に、前の「小説」「文章」(二章)「女の顏」と、後の「恒産」「彼等」「作家所生の言葉」と合わせて全九章で初出する。
・『「ベル・アミ」の主人公』「ベル・アミ」はギ・ド・モーパッサン(Henri René Albert Guy de Maupassant 一八五〇年~一八九三年:彼については「戀は死よりも強し」以下、さんざん注してある)が一八八五年に『ジル・ブラス』(Gil
Blas)紙に連載した(これが初版となる)長編小説「ベラミ」(Bel-Ami:「美しい男友達」の意)。天性の美貌の持ち主である主人公の青年ジョルジュ・デュロア(Georges Duroy)がさまざまな女性たちを徹底的に利用し、富と名声を得てゆくさまを描く。「女の一生」(Une vie 一八八三年)に次ぐ長編第二作目で、同作と同じく自然主義文学の代表的作品とされる。小学館「日本大百科全書」の宮原信氏の「ベラミ」の解説を引く。『ノルマンディー出身の青年ジョルジュ・デュロワは鉄道会社に勤める事務員で、月末の数日間はきまって持ち金がなくなり、食べるに事欠く状態。そのうち友人の勧めで新聞記者になると、持ち前の美貌』『(ベラミとは、「美男のおじさん」の意で彼のあだ名)と、厚かましさを武器に、友人やその夫人たちを利用して社交界に乗り出し、ついには大実業家の娘と結婚する。やがて舅(しゅうと)の経営する新聞社の実権を握って、パリの新聞界に君臨するようになる。名前もいつのまにか』デュ・ロワ(Georges Du Roy de Cantel)と貴族風の綴りに『変えている。作者はこの物語を通して、フランス』十九世紀の社会の『世相、とくにある種のジャーナリズムを、また政府の植民地政策とひそかに通じあった金融界の一部を辛辣(しんらつ)に皮肉っている』。
・「處する」「しよする(しょする)」。対処する・冷静沈着ある場所にいる・最も状況に応じた行動をとる。]
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