夏の弔ひ 立原道造
夏の弔ひ
嘗(かつ)てのやうに、それはおだやかな陽氣な日よりであつた。私はどこかで或る日さういふ日曜日に會つたことがあるやうに思つた。
夜に入つてから、窓の外に霧が降りてゐた。私たちは集まつてゐた。燭火(ともしび)のまはりに。いくたびかおなじ言葉を編みかへながら、もうすくなくなつた話のまはりに。
私たちの手に、晝の花束はのこつてゐない。……あれは何かとほい母たちの住む國の色のやうであつた。
虫が鳴いてゐた。鳴きつづけるこほろぎは逝く夏のしるべして。しばらく。一人は聞いてゐたが聞きさしてどこかに出て行つた。
私は明日のことを思つてゐた。決して訊くことも語ることも出来ないものを。……窓ひらく。音もなくながれる霧に、月の出は明るく窓にさしてゐた。
[やぶちゃん注:立原道造には既に電子化した、生前刊行の処女詩集「萱草に寄す」の知られた一篇「SONATINE No.2」の第二篇に同題異篇の「夏の弔ひ」がある。
「聞きさして」「聞き止(さ)して」で、聞くのを途中でやめて、の意。]