芥川龍之介「侏儒の言葉」(やぶちゃん合成完全版 附やぶちゃん注釈) 運命
運命
遺傳、境遇、偶然、――我我の運命を司るものは畢竟この三者である。自ら喜ぶものは喜んでも善い。しかし他を云々するのは僭越である。
[やぶちゃん注:芥川龍之介は「侏儒の言葉」を髣髴させる悪魔的対話劇である遺稿「闇中問答」(昭和二(一九二七)年九月号『文藝春秋』――芥川龍之介追悼号――)の中で、これと酷似したことを述べている(リンク先は私の電子テクスト。下線はやぶちゃん)。
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或聲 お前は戀愛を輕蔑してゐた。しかし今になつて見れば、畢竟戀愛至上主義者だつた。
僕 いや、僕は今日(こんにち)でも斷じて戀愛至上主義者ではない。僕は詩人だ。藝術家だ。
或聲 しかしお前は戀愛の爲に父母妻子を抛つたではないか?
僕 譃をつけ。僕は唯僕自身の爲に父母妻子を抛つたのだ。
或聲 ではお前はエゴイストだ。
僕 僕は生憎エゴイストではない。しかしエゴイストになりたいのだ。
或聲 お前は不幸にも近代のエゴ崇拜にかぶれてゐる。
僕 それでこそ僕は近代人だ。
或聲 近代人は古人に若かない。
僕 古人も亦一度は近代人だつたのだ。
或聲 お前は妻子を憐まないのか?
僕 誰か憐まずにゐられたものがあるか? ゴオギヤアンの手紙を讀んで見ろ。
或聲 お前はお前のしたことをどこまでも是認するつもりだな。
僕 どこまでも是認してゐるとすれば、何もお前と問答などはしない。
或聲 ではやはり是認しずにゐるか?
僕 僕は唯あきらめてゐる。
或聲 しかしお前の責任はどうする?
僕 四分の一は僕の遺傳、四分の一は僕の境遇、四分の一は僕の偶然、――僕の責任は四分の一だけだ。
或聲 お前は何と云ふ下等な奴だ!
僕 誰でも僕位は下等だらう。
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・「遺傳」芥川龍之介が養子に出された原因でもある実母フクの精神異常は頓に知られ、芥川龍之介の自殺の原因の一つに遺伝による精神病発症(発狂)恐怖が挙げられるほどである。しかし、私は実は、フクの病状は遺伝が疑われるような精神病であったとは思われず(私は彼女のそれは少なくとも発症自体は心因性の重い強迫神経症ではなかったとも考えている)、芥川の精神変調の一因は所謂、精神病に対するフォビアに起因するノイローゼであったと考えている。
・「境遇」龍之介が新原敏三(にいはらとしぞう 嘉永三(一八五〇)年~大正八(一九一九)年)とフク(万延元(一八六〇)年~明治三五(一九〇二)年)の長男として生まれながら、フクの精神異常を理由に、実家である芥川家のフクの兄芥川道章(どうしょう 嘉永二(一八四九)年~昭和三(一九二八)年)の養子となり、しかも後に実父敏三が頻りに彼を取り戻そうとし、養父道章は取り戻すというなら腹を斬ると啖呵を切る事態とまでなった。後、東京地方裁判處民事部の裁判(龍之介は五月四日に被告として出廷している)を経て、明治三七(一九〇四)年八月三十日に漸く新原家から除籍され、道章の養嗣子と決した。当時、既に龍之介は十二歳になっていた。その後、妻子及び養父母、何かと口やかましかったものの、龍之介が信頼していた伯母(養子後は形式上は叔母となる)フキ(安政五(一八五六)年~昭和一三(一九三八)年は勿論、既に述べた通り、実の姉であるヒサ(明治二一(一八八八)年~昭和三一(一九五六)年)及び、その子葛巻義敏の面倒も、龍之介は一手に引き受けねばならなくなった。彼の実生活上の「境遇」は、幾多の彼が引き起こした女性問題を除いても)確かにこれ、数奇であった。
・「偶然」私はこの語に龍之介は、若き日からの幾多の女性遍歴の「偶然」の邂逅と、その地獄のような泥沼の「運命」を暗に示しているように思えてならぬ。……いやいや……「他を云々するのは僭越である」……これ以上、細かくは言うまい。]
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