芥川龍之介「侏儒の言葉」(やぶちゃん合成完全版 附やぶちゃん注釈) 處世術
處世術
最も賢い處世術は社會的因襲を輕蔑しながら、しかも社會的因襲と矛盾せぬ生活をすることである。
[やぶちゃん注:「處世術」巧みなという条件限定での世渡りの方法の意であり、そもそもが処世術という語感には、自分ではそれを正しいとも重要とも思ってなどいない、寧ろ、「輕蔑し」こていることをも、他者にそれを悟られぬように巧みに処理し、脳味噌がつんつるてんの相手を時には上手く馭すという「賢」さを以って、凡愚な連中と和気藹々として、「社會的因襲と矛盾せぬ生活を」しているように美事に他者には見せて、人生を狡猾に生き抜く方法という属性が既にして含意されていると私は思う。さすれば、このアフォリズムは至極全うな――当たり前田のクラッカー的――辞書的な意味として通用するように思われるのである。さればこそ「侏儒の言葉」の中では私には――格落チだ――という気がしないでもないのである。]
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