優しき歌 立原道造
優しき歌
それを 私は おもひうかべる
暑いまでに あたたかかつた 六月の叢(くさむら)に 私たちの
はじめての會話が 用意されてゐたことと
白銀色に光つた 靑空の下のことを
そして
物音も絕えた しかし
にぎやかだつた あのひとときに
あのひとことが 不意に 私の唇にのぼつたことを
おまへは 拒まなかつた……
私は いま おまへを抱きながら
閉ぢられたおまへのうすい瞼に あの日を讀むやうにおもひうかべる
それはあやまちではなかつたらうか いまもなほ悔ゐではなかつたらうか
だが しかし ゆるやかに 私たちの眼(まな)ざしの底から
熱い夢のやうな しあはせが 舞ひのぼる 陽炎のやうに
[やぶちゃん注:【二〇二六年四月四日修正】所持する一九八八年岩波文庫刊「立原道造詩集」(杉浦明平編)の「後期草稿詩篇」を元に、恣意的に正字化したものである。「悔ゐ」はママ。]

