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2016/06/13

散步詩集 (全)   立原道造

[やぶちゃん注:一九八八年岩波文庫刊「立原道造詩集」(杉浦明平編)の「未刊詩集」の「散歩詩集」に拠り、恣意的に正字化した。底本の杉浦氏の解説によれば、原本は手書きで昭和七(一九三二)年から翌年の、第一高等学校時代(満十七から十九歳)にかけて詠まれた詩篇で、『発行所人魚書房と記して、友人に贈ったもの』とある。「魚の話」と「食後」の冒頭は、洋書によく見られる書き出しの印字法で、実際には第一行と第二行の頭に大きな活字のそれが配されてある。ブログでは仕方なく、かく、した。散文詩部の一行字数は底本のママ。ブログで読まれる方は、ブラウザのフォントの大きさを「中」にされて読まれたい。]

 

 

散步詩集

 

 

   魚の話

 

る魚はよいことをしたのでその天使がひとつの

  願をかなへさせて貰ふやうに神樣と約束してゐ

たのである。

かはいさうに! その天使はずゐぶんのんきだつた。

魚が死ぬまでそのことを忘れてゐたのである。魚は

最後の望に光を食べたいと思つた、ずつと海の底に

ばかり生れてから住んでゐたし光といふ言葉だけ沈

んだ帆前船や錨★からきいてそれをひどく欲しがつ

てゐたから。が、それは果されなかつたのである。

天使は見た、魚が倒れて水の面の方へゆるゆると、

のぼりはじめるのを。彼はあわてた。早速神樣に自

分の過ちをお詫びした。すると神樣はその魚を星に

變へて下さつたのである。魚は海のなかに一すぢの

光をひいた、そのおかげでしなやかな海藻やいつも

眠つてゐる岩が見えた。他の大勢の魚たちはその光

について後を追はうとしたのである。

やがてその魚の星は空に入り空の遙かへ沈んで行つ

た。

 

[やぶちゃん注:「散步詩集」の第一篇。八行目の「錨」の直下の★の位置には所謂、「錨」のマーク(現在の地図記号の「地方港」の頭の丸い部分を除去したもの)が入る。ブログでは当該位置に上手く挿入出来ないので。底本からスキャンしたものを以下に示す。

Ikari_7

悪しからず。]

 

 

 

  村の話 朝・晝・夕

 

村の入口で太陽は目ざまし時計

百姓たちは顏を洗ひに出かける

泉はとくべつ上きげん

よい天氣がつづきます

 

 

 

郵便配達がやつて來る

ポオルは咳をしてゐる

ヸルジニイは花を摘んでます

きつと大きな花束になるでせう

この景色は僕の手箱にしまひませう

 

 

 

虹を見てゐる娘たちよ

もう洗濯はすみました

眞白い雲はおとなしく

船よりもゆつくりと

村の水たまりにさよならをする

 

[やぶちゃん注:第二連の「ポオル」と「ヸルジニイ」はフランスの植物学者で作家でもあったジャック=アンリ・ベルナルダン・ド・サン=ピエールJacques-Henri Bernardin de Saint-Pierre 一七三七年~一八一四年)が一七八七年に発表した悲恋小説「ポールとヴィルジニー」(Paul et Virginieの愛し合う男女の主人公の名。立原道造の「鮎の歌の「Ⅳ」でも言及される(リンク先は私の電子テクスト)。嘗てはよく読まれた恋愛小説で、私も十代の終りに読んだが、最早、その内容もうすっかり忘れてしまっていた。個人ブログ「マルジナリア」の「サン・ピエエル作・ポオルとヴィルジニイ」をお読みあれ。]

 

 

 

  食後

 

そこはよい見晴らしであつたから靑空の一とこ

    ろをくり拔いて人たちは皿をつくり雲のフ

ライなどを料理し麺麭(パン)・果物の類を食べたのしい食

欲をみたした日かげに大きな百合の花が咲いてゐて

その花粉と蜜は人たちの調味料だつたさてこのささ

やかな食事の後できれいな草原に寢ころぶと人の切

り拔いたあとの空には白く晝間の月があつた

 

 

 

  日課

 

葉書にひとの營みを筆で染めては互に知らせあつた

そして僕はかう書くのがおきまりだつた 僕はたの

しい故もなく僕はたのしいと

空の下にきれいな草原があつて明るい日かげに浸さ

れ小鳥たちの囀(さへず)りの枝葉模樣をとほしてとほい靑く

澄んだ色が覗かれる 僕はたびたびそこへ行つて短

い夢を見たりものの本を讀んだりして毎日の午後を

くらした 僕の寢そべつてゐる頭のあたりに百合が

咲いてゐる時刻である

郵便〒配達のこの村に來る時刻である

きつとこの空の色や雲の形がうつつて それでかう

書くのがおきまりだつた 僕はたのしい故もなしに

僕はたのしいと

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