くりひろげられた 廣い 野景に 立原道造
くりひろげられた 廣い 野景に
くりひろげられた 廣い 野景に
私は 夜の明けてゆく おまへの故郷を見た
ゆるやかな起伏は あざやかな綠と
沈んだ土の色とに 色どられて 薄紗(はくさ)を一枚づつ剝(は)いで行つた
私は 立ちどまらなかつた 私は
片方の眼でそれを見たばかりで
いつの間にか 步みすぎてしまつてゐた……
いま とざされた 私の内に もどつてゐる
おまへは 私のかたはらに立つてゐる
私はおまへにたづねる――あの野を灌漑する
小川にかかつた石の橋や 咲きみだれてゐた紫の花のことを
私たちは いま たつたひとつの眼を持つてゐる
おまへの言葉は あの繪のなかで 川のほとりで
午前の光にみたされた 微風のやうにやはらかい
[やぶちゃん注:底本の「後期草稿詩篇」より。第一連「剝いで」の漢字は底本の用字。「薄紗」薄くて軽い織物で、言わずもがな、野の擬人法である。]