日曜日 (全) 立原道造
[やぶちゃん注:一九八八年岩波文庫刊「立原道造詩集」(杉浦明平編)の「未刊詩集」の「日曜日」に拠り、恣意的に正字化した。底本の杉浦氏の解説によれば、原本は手書きで昭和七(一九三二)年から翌年の、第一高等学校時代(満十七から十九歳)にかけて詠まれた詩篇で、『発行所人魚書房と記して、友人に贈ったもの』とある。]
日曜日
風が‥‥
《郵便局で 日が暮れる
《果物屋の店で 燈がともる
風が時間を知らせて步く 方々に
唄
裸の小鳥と月あかり
郵便切手とうろこ雲
引出しの中にかたつむり
影の上にはふうりんさう
太陽と彼の帆前船
黑ん坊と彼の洋燈(ランプ)
昔の繪の中に薔薇の花
僕は ひとりで
夜が ひろがる
春
街道の外れで
僕の村と
隣の村と
世間話をしてゐる
《もうぢき鷄が鳴くでせう
《これからねむい季節です
その上に
晝の月が煙を吐いてゐる
日記
季節のなかで
太陽が 僕を染めかへる
ちやうど健康さうに見えるまで
……雨の日
埃だらけの本から
僕は言葉をさがし出す――
黑つぐみ 紫陽花(あじさゐ) 墜落
ダイヤの女王(クヰーン)……
(僕は僕の言葉を見つけない!)
夜が下手にうたつてきかせた
眠られないと 僕はいつも
夜汽車に乘つてゐると思ひだす
[やぶちゃん注:「黑つぐみ」鳥綱スズメ目ツグミ科ツグミ属クロツグミ Turdus
cardis。鳴き声はこちらで。]
旅行
この小さな驛で 鐵道の柵のまはりに
夕方がゐる 着いて僕はたそがれる
だらう
……路の上にしづかな煙のにほひ
僕の一步がそれをつきやぶる 森が見
える 畑に人がゐる
この村では鴉(からす)が鳴いてゐる
やがて僕は疲れた僕を固い平な黑い寢
床に眠らせるだらう 洋燈(ランプ)の明りに
すぎた今日を思ひながら
[やぶちゃん注:字配は底本に従った「洋燈」の「ランプ」はルビであるので、本来の下インデントは同じである。]
田園詩
小徑が、林のなかを行つたり來たりしてゐる、
落葉を踏みながら、暮れやすい一日を。
僕は
僕は 背が高い 頭の上にすぐ空がある
そのせゐか 夕方が早い!
曆
貧乏な天使が 小鳥に變裝する
枝に來て それはうたふ
わざとたのしい唄を
すると庭がだまされて小さい薔薇の花をつける
名前のかげで曆は時々ずるをする
けれど 人はそれを信用する
愛情
郵便切手を しやれたものに考へだす
帽子
學校の帽子をかぶつた僕と黑いソフトをかぶ
つた友だちが步いてゐると、それを見たもう
一人の友だちが後になつてあのときかぶつて
ゐたソフトは君に似あふといひだす。僕はソ
フトなんかかぶつてゐなかつたのに、何度い
つても、あのとき黑いソフトをかぶつてゐた
といふ。
[やぶちゃん注:字配は底本のママ。]
跋(ばつ)‥‥
チユウリツプは咲いたが
彼女は笑つてゐない
風俗のをかしみ
《花笑ふ》と
僕は紙に書きつける
……畢(をはり)
[やぶちゃん注:字配とポイント落ちは底本とほぼ同じ(ブログ表示の不具合を考えて本文全体を上げてはある)。]