フアンタスチツク 立原道造
フアンタスチツク
その現實は明るい綠色であつた。
幾臺もの自動車は、最初そのため殆ど平面のやうに思はれる程橫倒しになつて幾分ゆるやかに疾走して來る。そして、或る點まで來るとそれは突然に速力を早めながら四角な骰子(さいころ)に變形して彼方へ點のやうに消えてしまふ。その彈道はコンコイドに似た線を畫いてゐる。
歩いてゐる人間も同じやうに、豆粒の大きさが急に突拍子もないばうだいなものに變つたり、歩く方向によりその反對になつたりする。
遠くの景色は一體にじつに小型に出來てゐるため、漠然とその微妙な色彩を感じさせるだけのものである。
僕は、しばらくその現實を眺めてゐた。……するとそれ自身が急にゆらゆらと動き出して、景色をすこしかへながら、だんだんと遠ざかつてしまつた。そして、しまひには、ただ綠色に光る點になつてしまつた。
そのとき風景の一部が切りひらかれて、なかから一人の少女が顏を出して
――さよなら!
と、呼んだやうな氣がする。
それは麗かな日の午後の出來事である。
[やぶちゃん注:「コンコイド」(conchoid)は平面曲線の一つ。数式をここに注しても私自身が分からないので、グーグル画像検索「conchoid」をリンクさせておく。
「麗かな」「うららかな」。]