芥川龍之介「侏儒の言葉」(やぶちゃん合成完全版 附やぶちゃん注釈) 教授
教授
若し醫家の用語を借りれば、苟くも文藝を講ずるには臨床的でなければならぬ筈である。しかも彼等は未だ嘗て人生の脈搏に觸れたことはない。殊に彼等の或るものは英佛の文藝には通じても彼等を生んだ祖國の文藝には通じてゐないと稱してゐる。
[やぶちゃん注:既に述べた通り、海軍機関学校が嫌で嫌で仕方なくなった芥川龍之介は、「龍門の四天王」の一人で慶応大学予科の教員であった小島政二郎から慶応大学英文科教授招聘の話が持ち込まれ、龍之介自身も相当に乗り気であった(結局、その交渉(慶応教授会での賛同)がやや遅滞する中、大阪毎日新聞社特別社員の慫慂の方を選ぶ)。が、もし芥川龍之介が慶應義塾大学英文科教授となっていたら、「彼等を生んだ祖國の文藝には通じてゐない」ことを寧ろ誇りとし、古文はおろか、漢詩文の訓読さえもよう出来ぬような新時代の若き大学生を前に、龍之介はさらにさらに憂鬱を深くしていたであろうと考えると、なにとなく慄っとしてくるのである。
・「臨床的」対象(医学上は患者)に直接対峙し(病床に臨み)、個別に実地に患者の診療に当たること。或いは、そこから得られた理論や旧来の主張からは得難い現実に即した知見をも指す。]
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