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2016/06/12

林空   立原道造

 

  林空(はやしぞら)

    ゆふすげの花はせつない眼ばたきのやうに

                ――丸山薰

 

 せつない眼ばたきといはれた花を、その黃いろな一輪をともした叢(くさむら)の靑空に、僕はたたずんで聞く。梢を移る鳥たちの聲を、風に似た汽車のとほい笛を。……ああ、明るい晝間。埃のする冬の日向(ひなた)に、もう一度聞く。それらの物音から氣位高く。見馴れないものたちはすぐに立ち去り、その黃色な一輪を手に持つたまま。僕はもう一度聞く。……ふと掠(かす)めた栗鼠(りす)のかげり。そのまま過ぎた日日のうたを。

 

[やぶちゃん注:底本の一九八八年岩波文庫刊「立原道造詩集」(杉浦明平編)の「エチユード」の末尾に配された一篇。この「エチユード」は底本の親本である角川書店第三次版「立原道造全集」に「前記草稿詩篇」(推定昭和七(一九三二)年から昭和一〇(一九三五)年)として収められた二百三十六篇から編者杉浦明平氏が『気のままに選び出したもの』であり、この一篇が同時に、底本「立原道造詩集」の詩篇の掉尾でもある。添書引用の詩人「丸山薰」(明治三二(一八九九)年昭和四九(一九七四)年)は『四季』の先輩(十五年上。処女詩集で彼の代表作である「帆・ランプ・鷗」昭和七(一九三二)年の刊行である)。引用は、彼の『四季』時代の作で、昭和一〇(一九三五)年五月に刊行された詩集『鶴の葬式』に所収された、詩「峠」からの引用である。本詩篇の解読に益すると考え、著作権は有効であるが、以下に示す(昭和五一(一九七六)年(五版)彌生書房刊「丸山薫詩集」を底本としたが、本詩篇との関係上、恣意的に歴史的仮名遣及び漢字の正字化を施した。なお私は、若い頃は丸山の詩を愛読した。この詩集もその名残である。「ゆふすげ」(底本は「ゆうすげ」)の太字部分は底本では傍点「ヽ」である)。

   《引用開始》

 

  峠

 

機關車は警笛鳴らし

齒ぐるまの喘ぐ軋りに嚙まれて

あの高原への九十九(つづら)折を登るとき

佇み見送る勾配標のかげから

ゆふすげの花はせつない眼ばたきのやうに

トンネルのアーチのむかふに小さくなり

近より迫る嶺々の尖りは

夕ぐれの陰翳(かげり)を濃く喚(よ)び交はす

車窓のぼくの顏も淡いランプの影の一つになつて

さびしく遠い谿の斜面を步いてゐる

 

   《引用終了》

なお、ネット検索をかけてみると、どうも微妙に表現の異なる同詩篇の電子データがあり(道造の引用箇所には傍点を除けば、変更はない)、それはどうも誤植とは思われないところから、丸山薫は旧作を弄るくせがあったらしい。上に電子化した本詩篇も創作時のもの(道造が読んだもの)とは微妙に異なる可能性があるようにも思われる。]

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