芥川龍之介「侏儒の言葉」(やぶちゃん合成完全版 附やぶちゃん注釈) 徴候(二章)
徴候
戀愛の徴候の一つは彼女は過去に何人の男を愛したか、或はどう言ふ男を愛したかを考へ、その架空の何人かに漠然とした嫉妬を感ずることである。
又
又戀愛の徴候の一つは彼女に似た顏を發見することに極度に鋭敏になることである。
[やぶちゃん注:大正一四(一九二五)年六月号『文藝春秋』巻頭に、後の「戀愛と死と」「身代り」「結婚」(二章)「多忙」「男子」「行儀」と合わせて全九章で初出する。底本後記によれば、二章目の初出は末尾が『極度に鋭敏なることである。』となっているとあるが、これはもう、誤植か、芥川龍之介自身の原稿の脱字の域である。二章とも、高校教師時代の「侏儒の言葉」の抄録プリントでは確信犯で必ず入れた、私偏愛のアフォリズムである。これは実際に恋愛を体験した異性愛者の男性ならば必ず大きく頷かざるを得ない不可避にして宿命的な、心理現象上の絶対真理命題二種であり、そうした経験がないとのたもう恋愛者がいるとしたなら、その男はおぞましくも「その女に恋をしているという真似をしている」に過ぎない哀しいナルシストである。]
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