折立 立原道造
折立(をりたち)
S・Mに――
喜ぶことが出來た一ときの夜のあかりに、お前の搖れた顏は白く消えて行つた。そのあとまた躊(ため)らつて歸つて來たが、あれは何であつたろう。
ときどき深い所から聞馴れた音樂が耳に幾度もつぶやいた。僕は身をやさしく任せ、諦めた。おそらくいちばん美しかつた日々のために。僕の長い行末のやめに。
嘗(かつ)て、夏へ、それからの思ひ出へ、あの靜かな海の上のたそがれを捧げた。あの日にお前と僕は失はれたと。
[やぶちゃん注:すでに述べた底本の「エチユード」より。「折立(をりたち)」地名と思われるが不詳。「S・M」不詳。]