芥川龍之介「侏儒の言葉」(やぶちゃん合成完全版 附やぶちゃん注釈) 兵卒(二章)
兵卒
理想的兵卒は苟くも上官の命令には絶對に服從しなければならぬ。絶對に服從することは絶對に批判を加へぬことである。即ち理想的兵卒はまづ理性を失はなければならぬ。
又
理想的兵卒は苟くも上官の命令には絶對に服從しなければならぬ。絶對に服從することは絶對に責任を負はぬことである。即ち理想的兵卒はまづ無責任を好まなければならぬ。
[やぶちゃん注:大正一四(一九二五)年五月号『文藝春秋』巻頭に、後の「軍事教育」「勤儉尚武」「日本人」「倭寇」「つれづれ草」と合わせて全七章で初出する。「侏儒の言葉」の中で、同一題複数形式の中で、恐らく最も美しい対句を成しいて、しかも即座にソラで誦したくなるのが、この「兵卒」の全二章である。しかも(下線部が相同箇所、太字が異なる箇所。対応を綺麗に見せるために「理性」の前後を半角空けた)、
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理想的兵卒は苟くも上官の命令には絶對に服從しなければならぬ。絶對に服從することは絶對に批判を加へぬことである。即ち理想的兵卒はまづ 理性
を失はなければならぬ。
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理想的兵卒は苟くも上官の命令には絶對に服從しなければならぬ。絶對に服從することは絶對に責任を負はぬことである。即ち理想的兵卒はまづ無責任を好まなければならぬ。
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と、異なっているのは、たった四単語だけである。読者は第一章で暗澹となり、第二章ではっしと膝を打って痛快がる。それをたったこれだけの選語によって成し遂げてしまう。私が龍之介マジックと称する所以である。そうして私はこの二章こそが、のちのち、彼の子ら、比呂志・多加志・也寸志が軍事教練で教官から厭味やイジメを喰らう遠因となるのである(と私は思っている。どんな皺のない脳味噌の軍人でも、この二章にカチンとこない連中は、まずいない、と思うからである)。]
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