芥川龍之介「侏儒の言葉」(やぶちゃん合成完全版 附やぶちゃん注釈) 小説家
小説家
最も善い小説家は「世故に通じた詩人」である。
[やぶちゃん注:このアフォリズムは、萩原朔太郎が断じた、
芥川龍之介――彼は詩を熱情してゐる小説家である。
という言葉を直ちに想起させる。朔太郎が遂にこの見解に到達し、それに芥川龍之介が渾身の怒りを以って臨んだシークエンスは、萩原朔太郎の「芥川龍之介の死」の、特にその第七章から第十二章に詳しい。未読の方は、必読である。序でに、私の最も忘れ難い、朔太郎と龍之介の最後の別れの続く第十三章も忘れずにお読みあれかし(リンク先は私の古い電子テクストである)。
・「世故」「せこ」(「せいこ」とも読むが、私は採らない)とは、世の中の習慣や実情、世間の種々の俗事のこと。]
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