芥川龍之介手帳 1―15
《1-15》
[やぶちゃん注:これ以下、「1-18」冒頭までは、大正六(一九一七)年六月二十日(水曜)午後から勤務していた海軍機関学校の航海見学のため、巡洋戦艦「金剛」へ搭乗、同月二十二日に山口県玖珂(くが)郡由宇(ゆう)(現在の山口県岩国市由宇町)に到着するまでの見聞をメモしたものである。その時の体験は「軍艦金剛航海記」として同年七月二十五日から二十九日附『時事新報』に連載されている(別に資料としての「『軍艦金剛航海記』ノート」も現存する)。「金剛」はイギリスに発注された最後の主力艦で、この後、二度の改装後を経て高速戦艦となり、太平洋戦争でも活躍した。日本海軍が太平洋戦争で使用した唯一の外国製日本戦艦であった。本艦は昭和一九(一九四四)年十月二十三日から二十五日にかけて行われたレイテ沖海戦(日本側の作戦名「捷(しょう)号作戦」)に於いて十一月二十一日午前三時頃、台湾沖の基隆北方五十海里で米海軍の潜水艦シー・ライオンの魚雷攻撃を受けた。二本が被弾した。当時、金剛はすでに艦齢三十数年と老朽化が進んでおり、レイテ沖海戦でも至近弾で浸水被害を受けていたため、破損箇所が広がっていたが、乗組員の誰もが魚雷二本で沈むとは考えず、楽観視していたため、乗員退避は実施されず、傾斜十八度になって司令官及び艦長より総員退去命令が出され、五時二十分に機関停止、十分後の午前五時三十分に転覆した。沈没直前に弾薬庫の大爆発が起き、艦中央付近にいた多くの乗員が吹き飛ばされ犠牲となっている。被雷してから沈没まで二時間もの余裕があったにも拘わらず、指揮官以下の損害軽視や総員退艦の判断の遅れなどにより、島崎利雄艦長・第三戦隊司令官鈴木義尾少将以下、実に千三百名の貴い命を海の藻屑と化してしまうこととなった(以上はウィキの「金剛(戦艦)」に拠る)。]
○波浪 smooth mild rough
[やぶちゃん注:波浪の状態を指す。「smooth」は「ダグラス海況階級」(Douglas Sea Scale)の波の全くない「0」(Calm)で始まる九段階の風浪階級の「2」で波の高さ十~五十センチメートルを指し、「rough」は「5」で二メートル五十から四メートルを言う。「mild」は特に調べても出ないが、この間をとるならば、一~二メートルというところか。因みに「ダグラス海況階級」の風浪階級「9」は「phenomenal」「驚くべき」、同「うねり階級」の「9」は「Confused(wave length and height indefinable)」(混乱した(波長も波高も説明することが出来ないほどの)である。書いているだけで気持ちが悪くなる感じだ。]
○雲量
○航泊日誌――機關日誌
[やぶちゃん注:我々はよく「航海日誌」と言うが、これは一般商船の場合の船員法による呼称であって、軍事艦艇の場合はこの「航泊日誌」と言うの現在でも正しい。「機關日誌」はまた別な機関業務に関わる日誌で他にも、甲板部当直日誌・甲板部撮要日誌・無線業務日誌などいろいろな義務日誌が存在する。]
○Cirrus 卷 C Nimbus 亂 N Stratus 層 S Cumulus 積 K Cirro-Stratus 卷層 CS Strato-Cirrus 層卷 SC Strato Cumulus 層積 SK Cumulo-Cirrus 積卷 KC Cirro-Cumulus 卷積 CK Cumulo-Nimbus 積乱 KN
[やぶちゃん注:言わずもがなであるが、「Cirrus 卷 C」は「シィラス」が「巻雲」で日誌記載の略号は「C」ということである。以下、略す。]
○C
>第一類上層雲 7000
CS
○CK
KC >第二類中層雲 3000―7000
SC
○SK
>第三類下層雲 2000米
N
○K
>第四類 上昇氣流ニヨリテオコル 80―1400
KN
○S 第五高霧 1000以上
[やぶちゃん注:「>」は上部の二つ或いは三つの項を纏めて指示した記号。以上は雲の上位の高度による分類群。巻雲(C)から巻層雲(CS)までが高度七千メートル以上に発生するものでそれを「第一類上層雲」と呼称するということである。以下、略す。
「上昇氣流ニヨリテオコル」は旧全集に拠った。新全集では「上昇気流―ヨリテオコル」と「ニ」をダッシュで判読しているが、採らない。
「第五高霧」は先の略号「S」の層雲(Stratus:ストラタス)の内、千メートル以上の下層雲の域内で発生する霧状のそれを別に「高霧」(高い霧)とも呼ぶというのであろう。層雲は。そのそもが最も低い所に浮かぶ灰色又は白色の、層状或いは霧状の雲を指し、輪郭がぼやけており、「霧雲」とも呼ばれ、霧をもたらす雲の代表格とされる。ウィキの「層雲」によれば、『ラテン語学術名Stratus(ストラタス)は、ラテン語の動詞 sternere(拡張する、広がる、平らにならす、層で覆うなどの意)の過去分詞 stratus に由来する。略号はSt』とある。]
○被帽通常榴彈 40度 Armour をつらぬきやすし
徹甲榴彈 40屯
被帽徹甲榴彈
[やぶちゃん注:「被帽通常榴彈」榴弾(りゅうだん:High Explosive:HE)は狭義には内部に火薬が詰められ炸裂を起こす砲弾を指し、艦砲用榴弾の内、「被帽(ひぼう)」榴弾の「被帽」というのは『焼入れしない比較的柔らかな鉄で作られ、弾殻の先端部を覆う部品であり、命中時に弾殻と装甲板の中間に位置することで硬い装甲板の表面で硬い弾殻先端が破砕されないように保護しながら自らは潰れ広がりながら弾殻の持つ運動エネルギーを装甲板に伝える働きをする。逆に硬い装甲板を破砕するために被帽に加えて被帽の前に硬い鋼製の被帽頭を持つものもある』とあり、ここに龍之介が書いているように「Armour」(アーマー)、即ち、敵軍艦の「装甲」を貫き易くしてあるものを言う。因みに、艦砲用の徹甲榴弾には他に「風帽(ふうぼう)」という別種の部品もある。これは『概ね円錐形をした金属製の風防であり、弾殻の先が丸い大きな砲弾の先端部に付けることで風の抵抗を減らすものである』。『炸薬の爆発に伴う破片効果で加害する榴弾においては、侵徹力を高めること以外の目的で弾殻の先端までを鋭利に尖らせて無駄に重量を増やす必要性は無い。しかし、空中飛翔時に受ける空気抵抗は砲弾の外形が流線型であるほど少ないため、射程の最大化のため、弾殻本体の先端は丸いままで軽い金属板で作った風防を先端部に取り付けることで、あまり重量を増やさずに射程を延ばすことができる』のである(以上はウィキの「榴弾」に拠った)。ただ、ここで龍之介が「被帽通常榴彈」と「榴彈」と「被帽徹甲榴彈」の三種が存在するように書いてあるのは、私にはよく意味が分からない。識者の御教授を乞うものである。
「40度」砲塔砲身の仰角角度か?
「40屯」これは「金剛」が積載可能な榴弾の総トン数か?]