文士のスタイル 梅崎春生
この間久しぶりに高等学校の級友が集まって同窓会をやった。すると友だちの一人が私に向かって、
「お前、鞄(かばん)なんか持っているのか。中に何が入ってるんだい」
とふしぎそうに質問した。文士が洋服を着て鞄をさげているのがふしぎでならなかったらしい。
でも、洋服鞄姿は現代文士の普通のスタイルで、鞄の中には資料とか、メモ風の帳面なんかが入っている。
髪を長くして和服の着流し、本を二三冊ふところに入れて歩くというのは、昔日の文士のスタイルで、どうしてそんなスタイルをとったかというと、昔の文士が貧乏だったからだと、私は思っている。
貧乏はしているけれども、ただの貧乏人ではないぞ。おれは芸術にたずさわっているんだぞという、負け惜しみか虚勢か知らないけれども、その気持があのスタイルを産み出した。つまり自分を俗人から区別する方法として、あれが案出されたのである。
ところがいまの文士たちは、文運隆盛の波に乗り、昔日の如く貧乏ではなくなった。その点において、自分を一般市民から区別する必要がなくなった。だから長髪和服という不便なスタイルはすたれ、活動的な洋服鞄姿となり、サラリーマンなんかとも区別がつかなくなったのである。
絵かきさんには、まだまだ特有の身なりやスタイルが残っているようだ。すなわち絵かきさんは、文士ほどには、収入に恵まれてないらしい。
[やぶちゃん注:本篇は昭和三三(一九五八)年七月十八日附『毎日新聞』掲載。底本は沖積舎「梅崎春生全集 第七巻」に拠った。]