道と人権 梅崎春生
戦後の日本には、自動車がむやみやたらにふえた。道というものは元来、人間が歩くものなのに、バスやトラックやオート三輪や神風タクシーがびゅんびゅんと飛ばして行く。人道があるところならいいが、人道のないところでは、人間は両側の家の軒下をくぐるようにして歩いている。
狭い道を大型バスがわが物顔に通って行く。私の家の近くの沼袋へんでは、道幅が三間くらいなのに、大型バスの路線になっている。幅が三間であるからして、バスとバスのすれ違いがたいへんで、どちらかが適当な場所まで後退して、やっとすれ違うということになる。そのバスの移動にくっついて、あまたのトラックやオート三輪が同じ動き方をするから、大騒ぎとなる。車掌さんも懸命で、左オーライ右オーライと夢中で叫んでいるうちに、車体と電柱に頭をはさまれ、即死した例がこの間あった。
こういう騒ぎになると、人間なんか物の数でなくなる。うろちょろしていると、ひき殺されるので、みな商店の日除けから日除けをくぐって往来する。道において、人間の価値の下落したこと、当代におよぶものはあるまい。
だから当代の人間は、自動車を警戒することを、自然のうちによく訓練されている。狭い道でも、横切る時は、必ず左右前後を見廻すことを忘れない。
昔はそんな必要はなかった。子供のころ私たちは、無鉄砲に道路を走り廻って遊んだ。自動車や自転車の数が、いまよりもずっと少なかったからだ。
私の同級生で、ある日、人力車にひかれて怪我をしたのがいた。人力車にひかれるなんて、それほどさように、昔の子供はのんびりしていた。いまの子供で、人力車にひかれるような間抜けは、いないだろう。
子供のころの私を、かりにそっくりそのまま、いまの東京にあらしめば、多分三日と保たずして、神風タクシーにひき殺されるだろう。
とにかくあの神風タクシーというやつは、スピードを出し過ぎる。あるいは、他車を抜き過ぎる。急ぐために抜くというよりは、他車を抜くために抜くというのが多い。前に他車があると、もういらいらしてきて、あらゆるチャンスを見逃さず、やっと強引に抜く。抜き去って前方の視野が開けると、ぐっとスピードを落すのだ。抜くために抜くのだということが、これをもって判る。こういうのが、とかく人をはね飛ばし、ひき殺す。
道における人権を回復せよ!
[やぶちゃん注:初出未詳。推定執筆年は昭和三七(一九六二)年。底本は沖積舎「梅崎春生全集 第七巻」に拠った。既に電子化した「うんとか すんとか」連載第五十五回目の『週刊現代』昭和三六(一九六一)年五月七日号掲載分の「人間通行止」がかなり似た内容を持つ。
「沼袋」東京都中野区の北部で西武池袋線練馬駅とJR新宿駅との最短直線上に位置し、現在、沼袋一丁目から沼袋四丁目までがある。
「三間」約五メートル四十五センチ。
「車掌さんも懸命で、左オーライ右オーライと夢中で叫んでいるうちに、車体と電柱に頭をほさまれ、即死した例がこの間あった」「人間通行止」に同じ事件が出る。
「神風タクシー」先の「街に死ぬ覚悟」の私の注(といってウィキの引用だが)を参照されたい。]

