宗祇諸國物語 附やぶちゃん注 敵(かたき)を知らぬ假寐の枕
不知敵假寐枕(かたきをしらぬかりねのまくら)
若狹の國に入りて、靑葉山の邊り、徘徊しけるに。里を遙にはなれ、あやしの草の庵を結びて、おこなふ僧あり。年いとわかう、天性(てんしやう)きよらに、げしうはあらぬ人の發心と見ゆ。立ちより、湯ひとつ給はらん、と、いへば、安き御事、いづこよりいづこへとをり給ふぞ、日もやうやう暮れちかく成りぬ。里も遠く侍れば、是にとまり給ひてんや、と、いふ。こなたより望み侍らんを、嬉しくもの給はせける哉、と、打ちとけて、足を休む。國さとの出所(しゆつしよ)などとはれけるほどに、つゝまずかたりて、扨、御僧は、と發心の始えを尋ねければ、僧の云く、某(それがし)は筑紫(つくし)の者に侍り、弓馬の家に生れながら、襁褓(むつき)の内より父におくれ、母の養育にて成長(ひとゝなり)、七才より出家し、豐後の松浦寺(しようほじ)に入りて學をつとめ、十九歳迄、爰に侍り。其の年の暮、薩州上求寺(じやうぐじ)といふに法會(はふゑ)あり。師の名代(みやうだい)に爰に下りて、ある旅店(りよてん)にやどる。此の屋の主(あるじ)、五十有餘とみえ、せい、あくま高く、筋骨(すじほね)ふとく、眼(まなこ)、よのつねにかはれり、宵のほど、あるじも我もならび寢ながら、世間の物語りして、亭主は寢入れども我、れはしぶ茶を過ぐしたるげに、つやつや目もさえて、夢もむすばず、爰に亭主あはたゞしく、御坊々々、と、いふ。我れ、聞く、寢言(ねごと)の相手して言(もの)いふ時、いひまけたる方、即座に死す、と、言(もの)をもいはず、猶、亭主がねごとをきくに、御坊をこよひ、殺す子細あり、覺悟せよ、と、いふ。此の時にこそ驚き、何の科(とが)あつて我を殺さんといふや、と問ふ。和僧(わそう)が親の津山源吉は、力量といひ剣術弓矢のきり者成りし、豐後にて、某(それがし)と傍輩(ぼうはい)、相互(あひたがひ)に威(ゐ)を諍(あらそ)ふといへど、動(やゝ)もすれば、威勢兵術、我れにすぐれける程に、十九年以前、明神の森にたばかり出し、我が弟子共に心を合せ、手ごめにして討ちぬ。暫らく、人に包むといへど、世にかくれなく、津山が弟子、又、我れをねらふ。是によつて、跡をくらまし、此所にかくれすめども、旦暮(たんぼ)に安き思ひもなし。其の頃に僧は生れたり、と、きけば、根をたち、葉をからんとするに、母が懷(ふところ)に隱して、いづちしらず、落ちかくれぬ。津山が弟子、多くとも他人なれば、さりとも、年月(としつき)過ぐるにしたがつて、遺恨はうすく成るべし。此の子は生長するに隨つて、我れを討んと思はん、眼前に今、敵(かたき)の末(すゑ)を置きて、徒(いたづら)に生けて歸すべきや、と、いふ。我れ、此の事を聞くに定かに覺えたるにも非ず、又、所々、身の上の有りこし事もきこゆれど、詮ずる所、寢言なれば用ふるに不ㇾ足(たらず)、唯、いひまけぬまでよ、と思ひ、おことがいふ所、更に理(り)にあたらず、科(とが)なき津山を殺して、あまつさへ、子孫まで害せんとは、頗る重罪、のがるに所なからん。返答あらば申さ給へ、と、たゝみかけていふに、此の後、一言(ごん)のいひなく、亭主、いたく寢入ると覺えし。われも又、ねぶりきざしければ、打ち寢(ね)ぬ。あくる朝(あした)、あるじを起せば、息絶え空しく成りぬ。此の法師、曲もの也、と一在より詮義すれど、毒害刀杖のわざならねば、卒病(そつうびやう)に糺明(きうめい)して、我れは、のがれぬ。行程、遙ならねば、故郷(ふるさと)母のもとによりて、有りし次第をかたる。母、驚きて云く。天命なるかな。其の者は文月(ふづき)新九郎、和僧が親のかたき也。父源吉といひしを、かの者、非法を以て、うつ、此の恨み、骨髓に透れども、きくならく、仇(あだ)を以て仇を報ゆるは、曠劫(くわうごふ)にも、つきず、と、所詮、敵(かたき)を忘れ、一子に出家をすゝめ、父の菩提をとはせんに、眞實を語らば、和僧も父のかたきよ、と、しつて、害心(がいしん)をおこさん、と父が名も、今迄、隱し、かへ名をして、最後のさまをも病ひに死に給ひぬ、と、かたり置きぬ。今、此の事を聞くにぞ、因果の業報は、のがれぬ事なり、と語られけるにぞ、我れも始めて驚き侍る。倩(つらつら)おもふに、父は人に討たれ、人、また天の爲めに命(めい)をほろぼす、我れ此の跡を吊らはでは、と思ふに、寺院のにぎにぎしき中にては、世事に紛ぎて信(しん)起らず、遁(のが)るにはしかじ、と生國を遠くはなれ、爰にすみ侍り、と、かたり終はる。ぼだいは緣よりおこる、と、いへど、かゝるふしぎなる發心(ほつしん)の因緣は、きかず侍り。
■やぶちゃん注
今回も挿絵は「西村本小説全集 上巻」(昭和六〇(一九八五)年勉誠社刊)のそれを用いた。
・「げしうはあらぬ人」身分・才知などが悪くはない、かなり立派なである人物。
・「豐後の松浦寺(しようほじ)」不詳。識者の御教授を乞う。
・「薩州上求寺(じやうぐじ)」不詳。識者の御教授を乞う。
・「寢言(ねごと)の相手して言(もの)いふ時、いひまけたる方、即座に死す」民俗社会では多く、寝言は寝ている本人の霊的存在が語っていると考えた。
・「此の法師、曲もの也」変死した僧の庵にいたこの若き僧を指して一在の村人が言った台詞である。
・「詮義」詮議。
・「曠劫(くわうごふ)」極めて長い年月。
・「吊らはでは」「とむらはでは」。
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