博多美人 梅崎春生
博多美人と言えば、下町風の美しさであり、理智的というよりは、はなはだしく情緒的である。博多小女郎の昔から、その実は連綿とうけつがれているのだろう。
大体博多の文化は、上方系統であって、それに長崎方面から来た異国文化がこれに加わる。両方の微妙な混交が博多文化の特徴である。その市民の嗜好や好尚が、かくて万国無比(大袈裟(おおげさ)な!)の博多美人をつくり出し、幾多の男たちの魂を震蕩(しんとう)せしめた。
しかしまあこんな美というものは、時代と共に当然亡ぶべき美なのだから、それ故にこそ切々たる哀艶を加えているとも言えるだろう。
[やぶちゃん注:初出誌未詳。昭和二七(一九五二)年七月の執筆クレジットを持ち(推定)、昭和三二(一九五七)年一月現代社刊の単行本「馬のあくび」に所収(書誌は以下の底本解題の複数記載を参照した)。底本は沖積舎「梅崎春生全集 第七巻」に拠った。
「博多小女郎」「はかたこじょろう」は近松門左衛門作の浄瑠璃「博多小女郎波枕(なみまくら)」の登場人物。博多柳町奥田屋の遊女で、京都の商人小町屋惣七に身請けされて夫婦になる。惣七は毛剃九右衛門(けぞりくえもん)を首領とする密貿易を海賊の一味に加わることとなるが、公儀に露見、惣七の父惣左衛門の機転で二人は都から手に手をとって逃れようする。しかし惣七は道行きの途中で追手に捕らえられ、即座に覚悟の自害をしてしまうが、そこに検非違使が到着、天皇即位の恩赦として死罪一等減刑と伝えられるも、時すでに遅し、後に残された小女郎は狂ったように独り嘆き悲しむ(以上は講談社「日本人名大辞典」の記載と「南条好輝の近松二十四番勝負」の『其の二十「博多小女郎波枕」』に拠った。後者は梗概がより詳しいので参照されたい)。
「震蕩」は「震盪・振盪」に同じい。激しく揺り動かすこと。]
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