諸國百物語卷之一 六 狐山伏にあだをなす事
六 狐山伏にあだをなす事
ある山伏、大みねよりかけ出でて旅をしけるに、みちにて、狐、ゆたかにひるねしてゐけるをみて、たちより、耳のはたにて、ほらの貝をたからかにふきければ、狐、きもをつぶし、行きがたなく、にげうせけり。山伏もおかしくおもひて行くほどに、いまだ日も高かりしが、にはかに日くれ、野中のことなればとまるべき宿もなし。いかゞせんと思ふ所に、かたはらに墓所(むしよ)のありけるを、おそろしくはおもひけれども、せんかたなくこの墓所の天井にあがりて、その夜をあかしける。すでにその夜も夜半ばかりに、むかふのかたより火あまたみへけるが、しだいにちかくなるをみれば、此墓所へきたる葬禮なり。人數二三百人ほどうちつれ、そのてい美々(びゝ)しく、長老、引導をわたし、鉦(どら)、鐃鉢(めうはち)をならし、なかなかいかめしきとりをこなひにて、つゐに死人(しにん)に火をかけて、をのをの、かへりぬ。さて死人も、やうやうやけて、塵灰(ちりはい)とならん、と、おもふ折ふし、火の中より死人、身ぶるいしてたち出でける。山伏、これを見て、氣も、たましいも、うせて、とやせん、かくや、と、おもふ所に、かの死人(しにん)、火屋(ひや)の天井を見あげて、此山伏を見つけて、そろそろと、はいのぼる。山伏、いよいよおそろしくて身をちゞめゐけるに、かの死人、
「それには、なにとて、ゐるぞ」
とて、山伏を天井より、つきおとす。山伏も氣をとりうしなひ、しばらく絶死(ぜつじ)して、やうやう氣つき、目をあきてみければ、晝の七つ時分にて、ある野なかに、たゞ一人、ふしゐたりしが、腰のほねをうちぬきて、ほうほう、本國にかへりけると也。そのほらの貝にておどされたる狐、たちまちあだをなしけるとぞ。
[やぶちゃん注:本話も「曾呂利物語」巻一の「十 狐を威(おど)してやがて仇をなす事」と同話。挿絵の右キャプションは「山伏狐のひるねをおどろかす事」。
「大みね」広義には、奈良県の南部の、古くから修験道の山として山伏の修行の場であった大峰山(おおみねさん:吉野山から熊野へ続く長い山脈全体の通称)であるが、ここは特に吉野郡天川村の旧名金峯山(きんぷせん)、山上ヶ岳(さんじょうがたけ:標高千七百十九メートル)とするべきであろう。この頂上付近には修験道の根本道場である一乗菩提峰大峯山寺(おおみねさんじ)山上蔵王堂があり、山全体が現在も聖域である。
「ゆたかに」如何にも警戒心なく、ゆったりと。
「墓所(むしよ)」読みは古語では普通。墓場。
「墓所の天井」ここは少し不親切である。後で「火屋(ひや)の天井」と言い換えているように、これは「火屋」(火葬場の付帯施設として墓所の傍らに立っている三昧堂(ざんまいどう:墓所にある葬儀用の堂)である。「曾呂利物語」では、その墓所の『三昧(さんまい)に行きて、火屋(ひや)の天井に上がりて臥しにけり』とある。
「引導」葬儀の際に僧が死者に解脱(げだつ)の境地に入るようにと法語を与えること。
「鉦(どら)」鉦(かね)。葬儀や法会(ほうえ)に用いる打楽器の一つ。金属性の円盤を紐で吊るしたもの。桴(ばち)で打って鳴らす。
「鐃鉢(めうはち)」現代仮名遣では「にょうばち」と発音する。やはり葬儀や法事の際に用いる打楽器。銅製で丸い皿のような、シンバルに酷似したもの。実際、二枚をシンバルのように打ち鳴らしたり、合わせて擦ったりして音を出す。
「いかめしきとりをこなひ」荘厳(そうごん)なる葬儀式。
「とやせん、かくや」「とやせん、かくやせん」の略。「とやせん」の「と」は接続助詞、「や」は詠嘆・反語の係助詞、「せ」はサ変動詞「為(す)」の未然形に推量の助動詞「む」がついて表記が「ん」と変わったもので、「かくや」は「このように」の意の副詞「斯(か)く」に前と同じ係助詞「や」がついたもので「どうしよう! どうしようもない!」の強調形驚愕表現、対処不能の心内の叫びである。
「それには、なにとて、ゐるぞ」「……オ前ハ……何ノタメニ……ソンナトコロニ……居ルクワッツ!?!」
「晝の七つ時分」不定時法で季節によって異なるが、挿絵の雰囲気、狐の昼寝から春秋と考えてよいでろうから、概ね申の刻前後、午後三時から午後四時辺りと考えてよかろう。
「ある野なかに」「と或る野中に」の意。
「腰のほねをうちぬきて」腰が抜けてしまって。]