腹芸 梅崎春生
暑い東京を逃げ出して、今ある高原にきている。
昨年ここにわずかの土地を借り、小屋みたいなものを建てた。小屋から見える風景は、絶佳にして雄大で、南アルプスその他の山々が一望の中にある。
居は気をうつすの言葉どおり、東京ばかりにいると考え方や感じ方が固定するから、時々環境を変える方が、精神衛生上にもよろしいようだ。時々村の人たちが、私の小屋を訪ねてくる。そして感嘆する。その方言を標準語に直すと、次のとおりになる。
「ほう。何といういい景色だろう。まるで坪庭みたいだ」
ところが村の人が感嘆しているのは、南アルプスの雄大な眺望なのではない。それに背を向けて感嘆しているのである。
私の庭の一隅に、自然岩が露出していて、それにひねこびた松の木が数本、くねくねと寄生している。村の人が嘆賞おくあたわないのは、この岩と松の眺めなのだ。
どんなに眺望絶佳の地方に住んでいる人でも、それが日本人であるからには、庭石趣味と松の木趣味から脱却できないものらしい。
雄大なもののかわりに、こぢんまりしたもの。剛直なもののかかわりに、ひねくれたもの。素直なもののかわりに、渋いもの。そういう日本人の好尚が、たとえば政治にあっては、率直な話し合いのかわりに、腹芸としてあらわれるのだろう。
[やぶちゃん注:本篇は昭和三三(一九五八)年八月一日附『毎日新聞』掲載。底本は沖積舎「梅崎春生全集 第七巻」に拠った。梅崎春生はこの前年の夏、蓼科高原に別荘を新築、以来、毎年の夏をここで過ごすようになった。東京の家が近く、家族ぐるみで親しかった作家遠藤周作(春生より八つ年下)も同じく蓼科に別荘を持って、ここでも交流、互いを「蓼科大王」「狐狸庵主人」と呼び合ったという。
「腹芸」(はらげい)とは、芝居で役者が台詞や動作に拠らず、感情を内面的に抑えて逆にその人物の心理を表現する演技を指すが、そこから転じて、謀(はか)り事を一切、言動に出さずに、腹の中で企(たくら)むこと。また、直接の言葉では指示せずに、度胸や迫力で物事を処理すること、或いは、そうしたやり方を指す。]

