グレン・グールド夢
グレン・グールド出演の、ギャラの高そうな、昨日の朝(2016年8月10日曙)の夢――
【アリア】
……僕は岡の上の高校にいる(僕が二校目に赴任した横浜の舞岡高校に酷似している、と「夢の中の僕」自身がその時に感じている)……
……僕は見知らぬ成人女性(「夢の中の僕」は「夢の中でありながら」、僕がこれらの条件で「見知らぬ女性」となると、深層心理上は実は僕が見知っている、ある昔の女生徒がモデルである可能性が高い、と感じている「夢の中の僕」を感じた)と二人きりで私たちは……グレン・グールドを待っている……
ここでグレンが演奏して呉れることになっているのである……
夏の夕暮れであった……
街燈が点く頃になっても、しかし、グレンは、来ないのであった……
しかし……夕闇の彼方の稜線から……幽かなピアノの曲が聴こえてくるのであった……
それはあの、彼の最後の「ゴルトベルグ変奏曲」のアリアであった…………
【第一変奏】
……その深夜……午前零時を回っている……僕はもう独りであった……
……同じ岡の上の高校の正面玄関前の軒下にグランド・ピアノが置かれてある……
――そこにグレンが――いた――
彼は近づいてゆく僕に気づくと、少し微笑んで――
あの鍵盤を摘み上げるような独特のポーズを以って――
「ある音」を――
「拾い上げ」――
僕に――
「投げた」――――
僕の毀れた脳の中に「聴き知らぬ」美しいメロディが沸騰した――
そうして――
彼は言った。
「君のため、だけに――弾きに来たんだ。」…………
【第二変奏】
……そこは見渡す限りの草原……
……高原の……そのまた高みにある……古い貯水場であった(それは四十年も前の大学一年の夏、一度だけ後輩の女子高生と登った、高岡の伏木にある古びたそれの酷似している、とまたしても「夢の中の僕」は感じていた)……
そこにグレンが――
寝ていた――
丈の延びた芝の中に――
グランド・ピアノが置かれていて――
そのピアノの前の愛用の椅子の脇に――
横向きになった黒いコートに身を包んだグレンが――
胎児のように――
眠っている――
その脇に、三頭の黒いスマートな犬が、グレンに頭を向け、「伏せ」の姿勢をして静かにしていた――
私はその犬たちを見ながら、呟いた。
「……ケルベロス……」
……画面はそのまま、それらの光景を俯瞰し出した……それを見ているらしい私(この第三幕のみが一人称視線で私には「私」が見えなかった)は、そのまま上空へとゆっくりと昇ってゆくのであった……
……グレンとピアノとケルベロスの周囲の草が、タルコフスキイの「鏡」冒頭のソロニーツィン演じる医師が草原で風に吹かれる不思議なシークエンスそっくりに靡くのが見えた……
……私はどんどん昇ってゆく……
……何かの音楽が聴こえる…………
*
また、蜩の声(ね)でここで目醒めた(最後の「音楽」は蜩のそれか)。
午前四時二十七分であった。
*
附言しておくと、この随所に特異的に分析家としての覚醒的な「私」が出来(しゅったい)するというのは、夢記述の永年の経験から言って、精神的にはあまりよろしくない状態であるとは言える。昨日書こうと思いながら、躊躇したのは、その箇所が気になったからである。しかし、ストーリー自体がすこぶる印象的であったので、今日、やはり、記しおきたくなったのである。